もはん小話:狩猟の8 蟲銃の少女~ココット村~

 初夏の日差しが心地よい季節。繁殖期を終えたアプトノスなど、食用獣の全面狩猟解禁も近い。辺境の小さな村にも様々な素材を求める行商人達が顔を出し始めると本格的な狩りの季節である。
 そんな季節を迎えるココット村の外れにある一軒の木造家屋。元々は親を無くした幼い姉妹が住んでいた住居であったが、数年前に自立していた姉の帰村とともにその一部を改装し小さいながらも武器屋を営んでいた。
 いくらハンター達が多く住まうココット村にあるとはいえさすがにこの辺境の地では繁盛しているとはお世辞でもいえない経営状態である。しかし若き店主ナル=フェインが一人で受注から製造までを請け負うその仕事振りに依頼は絶えず、そして少数ながら遠方よりの受注も入ると言う。特にボウガンの強化、調整に置いて精度が高く一部のハンター達はわざわざこの店を訪れては依頼をしていくらしい。今日もそんなモノ好きな少女がその店を訪れていた。
「良い村ですね。皆に活気があって、なによりもハンターが多い。やぱしあの”ココットの英雄”の村でもあるから…かな?」
 訪れた少女は麗しき深窓の令嬢といったところか。見た目が…という訳ではない。実際その少女はクロオビシリーズと呼ばれる辺境では、いや辺境で無くてもちょっとお目にかかる事が出来ない珍しい鎧を全身に纏い、一目でハンターである事が見て取れるのだから。
 しかし何故かその柔らかな物腰がどこかそうイメージさせるのである。店主はこの少女と昔からの顔馴染みでもありそんな事を言えばきっと吹き出してしまうであろう。
「ハンターが多いのは他にやる仕事がないからさね。それにハンターとは名ばかり、たんに血の気の多い奴ばっかりさ。」
 店主のナルは少女が持ち込んだインジェクションガン。巨大昆虫の甲殻や稀に採取出来ると言うドラグライト鉱石をふんだんに使ったヘヴィボウガンを眺めながらそう答えた。
「需要があるから供給も…ですよ、首都なんかに居ると野生の飛竜はおろかハンターにもなかなか出会うことはないですよ。ここにはまだまだ私達のようなものを必要とする仕事ありそうだし。」
 「そうかい。」とナルは相槌を打つと少女のボウガンを二つ折りにして作業台の上に置く。そしてエプロンのポケットからファンゴの皮を薄く叩いて延ばした豚皮紙の伝票を取り出すとランゴスタの羽ペンを走らせ見積もりを取る。
「…んでコイツは限界値レベル5への改造でいいんだね?」
 少女が首をこくんと傾けるのを確認するとナルは豚皮紙の見積もりをぽんとカウンターに置いた。どれどれと覗き込む少女にナルが質問をする。
「んじゃしばらく預からしてもらうさね。…時にイザヨイ。このボウガンが作られた経緯を知ってるのかい?」
 イザヨイと呼ばれた少女は少し間を置いて「もちろん。」と頷く。
「滅龍弾運用実験の為の試作ボウガン。今回のはその為の強化でもあります。まあ私的には麻痺弾の使い勝手が良いってのが一番の選択理由なんですけど。」
 ナルは怪訝な表情をしながらもう一つだけ質問をする。
「ふん…。ということはまたアレが近付いてる…さね?」
「ええ、その通りです。私の住むミナガルデに…。」
 イザヨイは神妙な表情をしながら言葉を詰まらせる、そしてかすかに震えながら口を開いた。
「ところで、教か…いやナルさん…これ…。」
 イザヨイが震えながら指差す先を見るナル。そこには先ほどナル自身が見積もり金額を記入した豚皮紙があった。
「これ…もう少しまかりませんか?」
 ナルはフンと不敵に鼻を鳴らすと「惜しいさね、明日だったら半額の日だったんだけどねぇ。」と笑った。

もはん小話:狩猟の7 哀しみの変質~ココット村~

 結局クリオはサンクと別れ単身ジャングルへと向かった。ドスランポスがココットの森に現れた事は問題であるし、しかも手負いの上に人の味を覚えてる。早急な討伐が必要になってくるはずだ。とにかく村長に知らせたほうがいいだろう。しかし先立って請けている依頼を反故にする事はしたくない、なによりジャングルにも困っているクライアントがいる事には変わりないのだ。自分とサンク、どちらがジャングルに向かい、そして残ったほうが村に戻る。現状では村に戻る事も危険がないとは言えないがジャングルでの討伐がそれ以上に危険な事は火を見るより明らかだ。共に戻る事も選択肢の一つではあったがそれはサンクをハンターとして認めていない事になる。クリオはそう判断しサンクとメルの二人で村へ戻るよう指示したのであった。

「めるめる、ほんとにダイジョブッスか?」
 まるでハンターとしての距離を比喩しているように遠くにあるクリオの背を見送りながらサンクはメルに声を掛けた。流石にこの惨状である。参っていないはずがない。幼い頃より優しく、でも少し気弱な友人が本当に心配であった。
「ん?…大丈夫だよ。大きな怪我なんてしてないし。」
 サンクの心配を他所にメルは無邪気でまるで何事も無かったかのようにクスクスと笑った。たしかに以前より見知った笑顔である。そしてたしかにその笑顔は屈託が無くとても平気そうに見える。だけど…強がりにしろめるめるはこんな場所で笑えたッスか。サンクは妙な違和感を感じずにはいられなかった。
 哀れなハンターを丁重に弔った後、装備を纏めて村へと向かうサンクとメル。ふと振り向いたサンクは血に塗れたボーンククリが置き去りにされている事に気付く。確かあれはメルのものであるはず。ハンターになった時に実の姉の店から購入し大切にそして嬉しそうに磨き上げていたシーンを何度も見ている。メルはやはり混乱しているに違いない。
「めるめる、忘れ物してるッスよ。」
 サンクはボーンククリを拾いに戻ろうと踏み出した。しかしメルは無表情で冷たく言い放った。
「…あんな弱い武器要らないよ。」
 その瞬間のメルの目を見たサンクの違和感は実感となり背筋が凍りついた。ハンターとしてそれ以前にヒトとしてもまだ未成熟なサンクにはどうすることも出来なかった。全幅の信頼を寄せ尊敬しているクリオがここに居てくれたなら今のこの状況をどう打開するだろうか。ドスランポスとの遭遇によりどこか変わってしまったメルに対して。 

 無言の帰路を経て数時間後、村に戻った二人はドスランポスの事を村長に報告し今後の対応を待った。すぐに討伐依頼書が作成され腕に自信のあるハンター達が討伐に向かう事になった。しかしサンクやメルのような駆け出しハンターは村を守るとの名目でしばらく村から離れる事が許されなかった。しかしながら結局あのドスランポスは人前に姿を見せることはなかった。村人達がドスランポスの脅威を忘れるのに半月、そしてさらに半年が過ぎた。

もはん小話:狩猟の6 朝靄の狙撃~ココット村~

 水平に放てば重力に引かれて遠くまで届かない。そんな時どうするか?
「簡単なことだ。すこ~しだけ上に向けて放つ。」
 言うのは容易いがたったそれだけの事でこんな風に簡単に獲物に命中するものだろうか?この長距離かつあの体躯に対しての比率で言えば極々小さな標的の目玉だけを狙って。
 
 谷回りの道は平坦だがそれだけ距離も長い。ハンター達は少し危険であるが距離の短い森を通過する事が多い。いつからかそこが「抜け道の森」と呼ばれる細道にしゃがみ込む女と少女の二人組。共にボウガンを背負っているので一目で二人はハンターだと分かる。さらに詳しいものであれば彼女らの事はガンナーと呼ぶであろう。大量発生した巨大昆虫討伐の為、早起きをしてジャングルへ向かう途中であった。
「先輩、あれなんスか?」
 ろくな防具も付けておらずほとんど裸の少女はその名をサンクと言う。古びたアルパレストを背負っているが肩にかける留めベルトの持て余しぶりを見る限りとてもベテランには見えない。訛りのある独特な言葉を喋るのは元々ココット村で育った訳ではないかららしい。
「…なんだと思うか?」
 先輩と呼ばれた女はボソボソと答える。凶暴な獣を前にしてお喋りをする事は余り好ましく思わないが黙ったままにするとサンクはさらに大声を上げかねない。もう一人の女はクリオ。漆黒の鎧を全身に纏い注意深く視界の先に目を凝らした。その背には真っ白なヘヴィボウガン、そしてその射出口にはなにかの白いたてがみが風に揺れていた。ちょっとしたハンターの集まる街であればきっと羨望や嫉妬の的になることは間違いない装備品の数々であるが同行するサンクにはその価値すら分かってはいないようであった。
「自分、目はいいっスから見えるッス。なんか蒼デカいトカゲッス。」
「…目だけはだろ?」
 ヒドィッス…と言いかけたサンクの口を左手で制するとクリオはその違和感に気付く。何か咥えてるようにも見える。まさか…。普段であれば迂回するなりしてやり過ごす状況であるがクリオはゆっくりと背中のボウガンを展開する。そして取り付けられたスコープを覗き込むと一瞬だけ頭に血が上るのを感じたが静かに息を吐くと呼吸を整えた。
 サンクに蒼いトカゲと称されたのは昨晩メルを襲ったドスランポスであった。付近に散乱する赤い固まりと鎧。転がるボーンククリが全ての状況を物語っていた。
「先輩、この距離からだと無理ッス。届かないと思うし。それに当たっても弾かれるッスよ。」
 ガチャリと貫通弾をチェンバーに押し込みながらクリオはサンクに言う。
「やっぱサンクお前、目だけは良いな。たしかに有効射程からは外れてるよ。」
「ならもっと前に出て…。」
「お前なぁ…やっぱボウガンやめて大剣にしろ。それならご希望通り、いつでも密着して戦えるぞ。それになぜここで止まったか分かってない時点でガンナーとしては失格だ。これ以上前に出て奴に気付かれてどうする?」
 クリオはスコープを覗き込み、森を抜ける風を読みながら狙いを定めていく。
「でもこっからどうやって…。」
 クリオはターゲットクロスをドスランポスの上方へ、ゆっくりとその射軸を上方へとずらしながらニヤリと笑った。

「サンク!追うな!」
 クリオの放った貫通弾は綺麗な放物線を描くと迷うことなくドスランポスの左眼に命中した。至近距離であれば貫通による多段ヒットが期待できる弾丸ではあるがこの超長距離からでは柔らかな眼球を撃ち破る程度の威力しかない。しかしそれで十分だった。突然の激しい痛みに逃走を始めるドスランポス。ガンナーである事を忘れすぐに後を追いかけようとするサンクを嗜めながらクリオはヘヴィボウガンをたたむと背中に背負い直した。
「追い詰めると突然襲ってくることもある、それに今日の獲物は奴じゃない。」
 ドスランポスの去った後は壮絶なものであった。ヒトいやハンターであったらしきモノは男であるのか女であるのかそれすら分からないほど破壊されており一体何人の死体であるのかすら想像がつかない。サンクは寝坊して朝飯を抜いた事を今は少しだけ感謝した。
「うぐっヒドイ状態ッスよココ…。あいつ…。」
 サンクはそのヒトだったモノに同情し逃げたドスランポスに怒りを覚えた。
「…ドスランポスはランポス達を呼ぶ。…一度村長に報告に戻るか?」
 クリオは腕を抱えて巨大昆虫とランポスの群れ…どちらが緊急を要するかを整理する。その時サンクが横穴の奥に横たわる少女を見つけ大声を張り上げた。
「先輩!誰か倒れてる…ん…めるめる???」
 元々意識はあったのだろうか。聞き覚えのあるその声に反応しメルはゆっくりと起き上がるとどこか虚ろな眼差しで無邪気に微笑んだ…。

もはん小話:狩猟の5 狂気の一夜~ココット村~

 対等、もしくはそれ以上の力を持った時ヒトはハンターとなりうる。それは鍛えた鋼の刃であったり優れた知恵や知識であったりそして経験であったり。男の唯一の対抗手段である刃も既に欠け、知恵も知識も経験も無い男はもはやハンターでは無く狩られる側、一方的に搾取されるだけのただの獲物でしかなかった。
「クソッ!クソッ!!クソゥ!!!」
 男は冷静さを欠き、口汚く喚き散らしてはボーンククリをただ闇雲に振り回していただけだった。稀に命中はするものの硬い鱗に弾かれるばかりで掠り傷はおろか全くダメージを与えることは出来ていないようであった。男はほんの数時間前の事を思い出していた。仲間達とランポスの群れを見つけ討伐した事。山のように剥ぎ取った素材を持ち帰るようにした結果、手荷物の中の【砥石】を捨てた事。その帰りにドスランポスに見つかった事。無駄にランポスを狩りその血液や油でまったく切れなくなった鉄刀【楔】を、そして傷付いた仲間を一緒に見捨てた事…。
 対峙してからしばらくは男の振り回すモノを警戒して様子を伺っていたドスランポスであったが勝利を確信したのか甲高く一声鳴くとグッと身を沈めてしばし動きを止めた。
「何をボーッと見てやがる!メェルフェインッ!俺を…ハンター仲間を見殺しか!」
 男は視界の隅にメルの姿を捉えると大声を張り上げた。その言葉はメルを罵ってはいるが確かにメルに助けを求めていた。何を勝手な事を…とメルが思ったその瞬間、ドスランポスが大きく跳躍し一瞬で男との距離を詰める。そしてその凶悪な牙で男の腕をボーンククリごと噛み千切った。男の絶叫と共にその腕から吹き出る鮮血がスローモーションで舞う中さらに男の右足、左腿とを噛み千切るドスランポス。圧倒的優位、一撃で仕留める事も出来たはずである。しかしドスランポスは致命傷を避けるように男を文字通り解体していった。その恐ろしい光景にメルは思わず後退りすると足元に在った小石に躓き尻餅を付く。強かに臀部を打ち上げたが、しかしその視線をドスランポスからは離す事が出来なかった。
「…狩りを楽しんでる…。」
 メルは身震いがした。ただの獣、知性のかけらも無くただ本能に従い行動する生き物とばかり思っていたドスランポスが圧倒的優位に立ち、そして明らかに男の恐怖や苦痛を楽しんでる。さらに思考は混乱を極めた。男は苦痛で蠢く以外に出来ることはない。しかしドスランポスは留めをさそうとはせず男の体をその大きな脚で踏みつけると男の体の一部であった肉片を、骨を聞こえよがしに音を立てながら咀嚼する。グルンと首をもたげもう一匹の獲物メルを視界に捕らえるとキィキィと鳴く。メルにはその声が不気味に笑っているように聞こえた。

『ジジジ…ジジジ…』
 後ろ手についたメルの右手の下で何かが蠢いていた。メルは咄嗟に右手に掴むとそれは森に潜む蟲であった。無意識に近かったがメルは思い切りそれを握りつぶす。その瞬間すっかり暗闇になってしまった森の中が一瞬だけ昼間になったように閃光が煌いたのであった。メルが握りつぶしたのは【光蟲】、この蟲は絶命時に強烈な閃光を放つのが特徴で素材玉に封じて置くと【閃光玉】として使用出来るので上級ハンターの携行品として準備される事が多かった。使用法こそ違えど光蟲の命と引換に放った強烈な閃光は凶悪なドスランポスの目を焼いたのである。
 突然視界を奪われたドスランポスは前後不覚となり行動不能になる。その隙を突いてメルはヒトが屈んでやっと入れる小さな横穴に潜り込んだ。咄嗟に入り込んだ横穴は以前森を散策していた時に見つけた場所だった。奥は行き止まりで普段は釣りをしたり蟲を捕まえたりする楽しい場所だが今日はここが自分の墓穴のようにも感じた。

 しばらくするとあのドスランポスが横穴の入り口までやってきた。キィキィと耳障りな鳴き声を上げながらその穴から入り込もうとするが横穴に対してドスランポスの頭はさすがにサイズが大きすぎる。何度かくリ返していたがやっと諦めたのだろうか。森はまた静寂を取り戻したように思えた。
 とりあえず夜が明けるまではここから動かないほうがいいと判断したメルはここで野営をすることに決めた。たぶん眠ることは出来ないだろうが体だけは休めておいたほうがいい。そう思った矢先に横穴の出口付近、うっすらとしか見えないそこでドサリという大きな音と男の呻き声が聞こえた。そして時折何かを引き裂く音と男の悲鳴が響く。その声もだんだんと小さくはなりつつあったが嫌な咀嚼音だけは一晩中静かな森に響いていた。

 嫌だ。イヤダ。嫌だ。イヤダ。イヤダ。怖い。コワイ。怖い。コワイ。コワイ。コワイ…その夜、メルの思考は最悪の事態へと廻り続ける。ここから逃げなきゃ。ニゲレルトオモウノ。死にたくない。イキノコルシュダンガアルノ。あのヒト助けなきゃ。イキテルトオモウノ。何か武器を探さなきゃ。ドコニアルノ。強い武器を。ツヨイブキヲ…ツヨイブキヲツヨイブキヲ…ツヨイブキヲ!!!!…。

もはん小話:狩猟の4 勝利の余韻~ココット村~

 メルはベースキャンプに戻る途中、鎧のまま川に入るとこびり付いた血や体液を洗い流す。もちろん偽装の為に塗りつけたモンスターの糞も。少し強く擦り過ぎたのか塞がっていた傷口が開いてしまいまた少し血が流れた。ケルピのなめし革から作ったナップサックから飲み水用の水筒を取り出し傷口を洗う。そして川辺の草むらから薬草を見つけ出すと必要な分だけ採集した。すり鉢があればいいのだが生憎ここにはない。メルは一度口に含み唾液とよく噛み合わせてからその汁を腕や太ももの擦り傷に塗る。少し大きな爪傷には葉っぱの部分を湿布のように貼り付け包帯を巻いた。
 大人しい草食獣アプトノス達が食事をしているのを眺めながらメルは懐から1枚の蒼鱗を取り出した。初めてメルがハンターとして自らの手により剥ぎ取ったランポスの鱗であった。一匹のランポスからは上手く剥ぎ取ればもっと多くの鱗や牙、それに皮など入手することが可能だ。しかしメルが下手だった訳ではない。多くのハンターは戦った相手に敬意を賞し感謝を持ってその素材をごく一部だけ剥ぎ取るのである。
 強きものが弱きものを淘汰していけばいつかはその強きものも淘汰される。一つの個体だけでは生きていけないのだ。そうならない為にも無駄に狩らず必要な分だけ狩る。同様に狩った獲物を全て持ち帰るのではなく必要最小限以外は自然に帰すのである。死肉は他の生き物の栄養に、骨は大地を育てる肥料に、そのようにしてまた連鎖の輪の中に戻す。自然と共に生きるハンターがゆえの約束事のようなものであった。
「ヒトがその連鎖の一部になる事もありうるんだよね…。」
 メルは先ほどの戦いを思い出しながらそう呟く。改めてハンターの怖さが身に染みてくると麻痺していた恐怖が蘇るのであった。

 その時アプトノス達が何かに怯えるようにいっせいに駆け出した。その原因はどうやらガチャガチャと鎧を鳴らし一人の男が必死の形相で駆けて来たせいのようだ。そのいでたちからハンターである事は見て取れたが武装はしていないようだった。
「あ…。」
 メルは気付く。いつもメルの事を馬鹿するあの男だ。しかし今日は仲間達の姿は見えないしそれに酷く慌てている。一体何があったのだろうか。
 男はメルに気付くとズカズカと近付いてくる。そして置いてあったメルのボーンククリを勝手に装備するとキョロキョロと辺りを見渡した。モンスターハンターの命とも言える装備品を勝手に触るどころか自分の物とする。さすがにこの暴挙にはメルも怒りが込み上げてきた。それにランポスを討伐した今はメルもこの男にバカにされるいわれはないのである。
「何するの、返して!」
「五月蝿い!こんなチンケな武器俺だって願い下げだ!!」
 願い下げ…頼んでも居ないのに何故勝手に?と思ったが余りの剣幕に一瞬たじろぐ。一体この男は何をしているのだろう。メルにはまったく理解不能であった。
「とりあえず俺は行く。お前もここを早く離れたほうがいいかもな。」
 男はそのまま走り去ろうとする。やはり理解不能であったがメルのボーンククリは男の腰に装備されたままだ。メルはナップサックを背負うととにかくその男の後を追った。

「ついてない…俺はついてない!クソッ!ボーンククリだと?冗談じゃない!!」
 男は大声を上げ何かに怯えるように森の中に立ち竦んでいた。男よりも軽装なメルはすぐに追い付いたが何か違和感を感じ少し離れた場所で立ち止まる。夕刻も近く日は翳り始めている。昼間でも鬱蒼と茂った大木が影を落とすその場所はほとんど暗闇に近かった。何か叫びながらもじわじわと後退を始めた男のすぐ向こう側になにか居る!
「…ドスランポス!!」
 いつか読んだ本に載っていたランポス達の王。ランポスよりも二周りほど巨大でそしてなによりも目に付いたその真っ赤な鶏冠が鮮血…死をイメージをさせた。

もはん小話:狩猟の3 ランポス討伐~ココット村~

 蔽い茂る草木に遮られ昼なお暗き森の中。メルは一人茂みの中で身を潜めていた。遠くに聞こえる獣の甲高い叫び声は少しずつ近付いてきている。張り詰めた緊張感はどくんどくんと鼓動を早め自らの体内に響くその音色はさらなる緊張感を招き次第に息が詰まりそうになる。
 大丈夫、風向きは先ほどここで待ち伏せようと決めた時より変わっていない。こちら側が風下で臭いは届かない、それに不本意ながらも塗りつけたモンスターの糞はヒトの臭いを完全に消し去ってくれてるはず。
「そうでないとこの行為、まるで変態じゃない…。」
 メルは一人呟くと自分の体なのに思うように制御出来ない脈動を呪う。そして鼓動が少しでも静まるようにと静かに息を吐いた。100mほど先の少し開けた広場にそれが姿を表したのはメルが身を潜めてから数分後、瑞々しい果実で水分を補給しカラカラに乾いた喉を潤したその直後だった。
 蒼い鱗と鋭い爪をもつ獣、竜盤目鳥脚亜目走竜下目ランポス科ランポス、その優れた環境適用力を表すように世界の至る場所に生息するランポスはハンターだけでなく一般の民にも知名度は高い。小型の肉食モンスターではもっともポピュラーであろう。しかし小型とは言えメルと比較するとかなり大きい。高さは2mに満たない程度だが驚くべきはその全長である。頭から尻尾の先までは5m強はありランポスをよく知るものでもその長さは意外に感じるのではないだろうか。
 メルも動いているランポスを遠く離れた場所から確認した事はあった。しかしこっそりとは言え鼻の先に位置しこうしてまのあたりにして見ると予想以上の大きさに驚き、その鋭い牙や爪に恐怖を感じた。
 一時的に落ち着いていた鼓動はさらに加速しすぐにでもこの茂みから飛び出し逃げ出したい衝動に駆られるがまがりなりにもモンスターハンターである。たった一匹のランポス相手に逃げは打てない。そのプライドがギリギリでメルを踏み留めさせた。
 依頼書の記載どおり群れから逸れたランポスというのは本当らしい。そうでない限り集団で行動し集団で狩りをするランポスがこのように単独行動をしているのは稀だ。そう…たった一匹だ、倒せる。メルは改めて自分に言い聞かせると覚悟を決めた。
 ランポスが無警戒のままメルの潜んでいる茂みの横を通過する。タイミングを見計らってメルは腰に収めていたボーンククリを引き抜くと同時に上段から自重を乗せ斬りかかった。
『キィー!!!キィー!!』
 完全に虚を突いたはずのランポスがくるりと顔を向けると耳障りな雄たけびを上げメルを威嚇する。素早い動きでメルのボーンククリの一撃を後ろに大きく跳ねながらかわすと醜悪な口を大きく開き肉食獣らしく涎を撒き散らしながらさらにもう一度威嚇する。メルの体勢が崩れたと見るやすかさず大きくジャンプしながらランポスはメルに飛び掛る。
 奇襲に失敗したメルは完全にパニックに陥っていたが首筋を狙っていたランポスの鋭い爪を何とか盾で弾く。弾くと言えば聞こえはいいがたまたま前に突き出した盾のところに攻撃が来ただけ。ランポスはその闘争本能に任せて噛み付き、メルは冷静さを欠いたまま押し込んでくるランポスにただでたらめに剣を振るい続けた。メルのボーンククリがランポスの蒼い鱗に縦や横の赤いラインを引くたびにメルの体のどこかしらかにランポスの爪や牙が食い込む。数分の間、双方傷付けあいながら同じように消耗していった。
 「いいかげんに!」
 血塗れのメルは満身創痍であったが次第に闘争心が恐怖心を押さえ込んでいく事に気付く。気付きは余裕と言う新しい力を生み、迷いを無くす。次第に状況が見えきた。目の前にはランボスの頭が無防備にも晒されている。メルは渾身の力を込め、既に刃こぼれしているボーンククリをランポスの額目掛けて思い切り叩き込んだ。
 「倒れろ!!!」
 もはや斬るというよりも力任せに叩きつけた一撃ではあったがその一撃はランポスの頭蓋を割った。ランポスは脳漿を撒き散らし絶命の叫びを上げる。メルも力尽き縺れ合うようにそのままゴロリと転がったが、ランポスは既に事切れている。メルはゆっくりと体を起こしそのまま腰を抜かしたようにペタンと座り込む。そして痙攣するランポスをぼんやりと眺めていた。頭の中は真っ白になり思考は完全に停止していたが、動かなくなったランポスを見て、ただ「生き残れた」事だけを実感していた。