PSOからPSUへ。

 なんとなく時期を外しちゃった感もあるけど…PSO小話の一区切りで以前に書いて表に出せなかった小話をひとつ。PSU発売も近いって事で?

(けろ小話:My First Love)

「…ただいま戻りました。」

 肩に積もった粉雪を静かに払いながら尻尾同盟19代目盟主代行、大蛇丸満月が静かに奥の院入り口に立つ。幼い頃我が家として慣れ親しんできたこの屋敷に戻るのはいつ以来だろう?満月は懐かしげに首を巡らすとそこには母メルの姿があった。

「お帰りなさい。盟主代行。息災そうでなにより。…でも少し痩せた?満月?」

 静かな微笑みを携えたメルは久しぶりに逢った我が子満月を愛しげに見つめると昔そのままの子供部屋へと満月を通した。

「メル母様、盟主様…ルナルはもう?」

 人払いされた奥の院、この部屋にはメルと満月しか居ない。満月は盟主代行の顔からメルの娘の顔に。重苦しい礼服を脱ぎ昔のようにゆったりとした部屋着に着替えると満月はそう問い掛けた。

「…十六夜母様の元に。早く貴方もご挨拶してらっしゃいな。」

 少し寂しげに見える母に見送られもう一人の母十六夜の部屋へ向かう満月。メルは何も言わずにその後を静かに追った。

「…でね、盟主の立場を利用してゴリ押ししちゃったら”謹慎処分”なんだってさ。なんでも盟主でそんな事されたのは私が始めてなんだって。いざよ母様だってけっこう無茶してたはずなのに、初めてが私って言うのが納得出来ないよねぇ…。」

 病床に伏せる十六夜は布団から上半身だけ起こしルナルの話をニコニコと聞く。満月はその姿を見て少しほっとする。歳老いた十六夜にとっては命に関るようなやがて死に至る病、そんな病に犯されていると聞いていた。心配はしていたが思っていたよりもずいぶんと元気そうに見える。安堵の表情を浮かべた満月の表情に気付くと十六夜はにっこりと微笑んだ。

「お帰りなさい。満月ちゃん。盟主代行お疲れさま。」
「みづ〜。いろいろごめんね、ん〜やっぱ盟主変わろうよ?」

 ルナルとは常に行動を共にしていたが近頃はルナルの行動に対する後処理に追われる満月、盟主よりも盟主らしいと言われる盟主代行業務をこなす事が多く、なかなかゆっくり出来ずにいるという。そのためルナルに逢ったのも数日振りの事であった。

「いざよ母様、ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありません。」

 まずは母十六夜に頭を下げてそして傍らに腰を下ろす。丁度ルナルとは反対側へ十六夜を挟み込むような位置だ。

 「…盟主様、ご冗談を…なんて、ルー?そんなこと言わない。」

 満月も盟主代行として威厳も持ち合わせていたが少し表情を緩めて優しく、しかしルナルを睨み付けたその姿は昔のまま、仲の良い姉妹のままだった。

「満月ちゃん、ルナルちゃんも頑張ってるみたいよ?ルナルちゃんなりに。」

 十六夜が助け舟を出すとルナルは「そーだそーだ」とまるで人事のよう。

「確かにね。ルー…盟主さまのやってる事は間違ってないけど、やり方ってのがあるよ。ストレートにぶつかるばかりだといずれ…。」
「むふふ、まあまあ今日はそのくらいにして。ほら大きな声を出すと月詠ちゃんが起きちゃうから。」

 満月は十六夜に抱かれてすやすやと眠るルナルの娘、月詠に気付くと口を紡いだ。満月、ルナルそして我が胸の中で眠る孫の月詠を愛おしく眺める。名残惜しそうに十六夜は月詠をルナルにゆっくりと手渡す。そしてゴホンと一つ咳払い。二人は十六夜の言葉を待った。

「満月ちゃん、ルナルちゃん、よく聴いて。」

 四人を離れた場所から見ていたメルも静かに十六夜に寄り添うと穏やかな表情で二人の娘を見つめる。

「…今日、もうすぐ母は旅立ちます。」

 たしかに遠くない将来、病に伏せる十六夜が旅立つ日が来る事を予感していたとは言え突然の告白に満月は驚きの表情を見せる。ルナルは下を向き、既に大粒の涙を流しているようだった。

「…ルナルちゃん?そんな哀しい事じゃないと思うよ。これが自然の流れ、誰だって生きてる以上いつかは死ぬ。私は充分生きたよ。皆のおかげでほんとに楽しく生きてこれた。もう生きることに未練がない…なんてそんなことは言わないけどやれる事はやったし、ほんとにいい人生だった。」

 寄り添うメルを見る十六夜は十六夜を見つめるメルの瞳を見てゆっくりと頷いた。

「二人は私が、メル母様と生きてきた証。未来に繋がっていく私達の証。いつもどこに居ても大切に思ってるよ。…なにも言わなくても二人はちゃんと分ってくれてたけど今日だけは言葉にさせてね。二人とも…これからも強く、そして優しくありなさい。ただ強いだけじゃなく強く生きるために知った弱さを忘れずにいなさい。涙を流したい時は流してもいいけどちゃんと自分の腕で拭う事を忘れないこと。そしていつまでも姉妹仲良くね、私達の証に留まることなく前に進んで、そしてまた新しい貴方達の証を築いてください。」

 満月は十六夜から顔を背けず、ただ涙だけが頬を伝って落ちる。ルナルは月詠を抱きしめて肩を静かに揺らしていた。

「ルナルも母になったからつぎは満月も母になりなさい。私がそうであったように子供に救われる事ってほんとに沢山あるのだから。そして二人の母であるメル母様を私の分までこれからも助けてあげて。ほんとは今でも寂しがり屋なんだからたまには帰って傍に居てあげて。」

 それを聞いたメルは穏やかな表情のまま静かに口を開いた。

「…いっちゃん?メルは大丈夫。でも一つ我侭を言わせて貰えば娘達も忙しい事だし、も少しいっちゃんが傍に居てくれないかな?」
「ほんとはそうしたいとこなんだけどね…。うふふ。」

 いつものように二人は語り、そしていつものように笑いあった。

「…どおしてそんなに二人は笑えるの?…哀しくないの?」

 満月は二人の母に問い掛ける。ずっと一緒に居た二人、離れる事が哀しくないはずがない。それは分っていたのについ口にしてしまった。しかし二人の母は何も答えず静かに微笑を浮かべるだけであった。しばらくは娘らの嗚咽だけが響く。庭の鹿脅しが奏でる打音と共に。十六夜は二人の娘の頭を順番に優しく撫ぜ、月詠の頬に触れる。そして最後のお願いになるだろう言葉を発した。

「愛しい二人の娘達。ちょっとメル母様と二人にして貰っていいかな?」

 母の旅立ちはすぐそこに来ている事を二人は感じ取る。満月はルナルと顔を見合わせ改めて並び座ると一緒に頭を下げた。

「良き旅立ちになりますように。…お母様ありがとうございました。」

 そして満月とルナルは静かに部屋を後にした。

「いっちゃん…ちょっと横になる?」

 メルは十六夜の背を優しく支えると横になるように促す。十六夜はゆっくり首を横に振るとこのままでと呟いた。十六夜は静かに腕を伸ばすとメルの前髪に触れる。

「綺麗だね。めるちゃんの髪は。こんな素敵な太陽みたいな色は他に無いね。」
「そかな?いっちゃんの深い蒼…ちょっと白髪が混じっちゃったけどそれだって凄く素敵だよ。歳を取ってもさ、その時々のいっちゃんが一番素敵だね。」

 表情には出さなかったがメルは歳を取りにくい自分が恨めしいと思った。十六夜と同じように歳を取れたなら…と今日以上に思った事はない。そんな気持ちを見透かしたのか十六夜は少し本音を漏らす。

「正直言うとさ一緒に連れて行っちゃおかな…なんて思わなくもないんだけど、それは駄目だよね。うん、やっぱりめるちゃんはこれからも二人を見守ってね。」
「うん。てかもう二人は大人だし…あ…ごめん、今日は泣かないって約束だったけど…。」

 メルの穏やかな表情のその頬に一筋の涙。頬に触れる十六夜の手にぽとりと落ちる涙。

「ん。またしょうがないなぁ。ずっと泣き虫のままなんだから。」

 少し寂しそうな顔で十六夜はメルの涙を拭う。

「大丈夫だよ。いつかまた会えるから。ちょっとだけ旅に出るけどまたきっと戻ってくるから。それまで寂しい思いさせちゃうけど許してね。」

 フッと体の力が抜け十六夜は寄りそうメルの肩に頭を乗せる。

「ほんと素敵な髪だね…。」

 力なく腕を伸ばしてメルの前髪にもう一度触れる十六夜。

「…んじゃ、これだけ持って行って…。」

 強く十六夜を抱きしめるメルの髪からゆっくりと色素が抜けていく。鮮やかな金髪は十六夜の触れた前髪の一房を残し真っ白になる。全身全霊を掛けた最後のレスタ。少しだけメルを抱きしめる十六夜の腕に力が戻る。そして最後の口付け。

 「愛してます、ありがとう…私の”メル”。また逢えるその時まで…。」

 音もなく静かに雪が降り積もる。世界を白く白く染めて。色を無くしていく世界でもその瞳に焼きついた太陽の欠片、黄金色の光の流砂。振り向けばいつもそこにあった黄金色の光はこれからもきっとそこにあるのであろう。確かに生涯を掛けて見守っていた光、だけどその光に自分自身も包まれいつも見守られてもいたのだ。そう最後の時を迎える今この時も。突然全ての色がその黄金に染まる。もう何も見えなく何も感じない…だけど…満足そうな表情を浮かべて笑顔のまま静かに十六夜は旅立った。