もはん小話:狩猟の3 ランポス討伐~ココット村~

 蔽い茂る草木に遮られ昼なお暗き森の中。メルは一人茂みの中で身を潜めていた。遠くに聞こえる獣の甲高い叫び声は少しずつ近付いてきている。張り詰めた緊張感はどくんどくんと鼓動を早め自らの体内に響くその音色はさらなる緊張感を招き次第に息が詰まりそうになる。
 大丈夫、風向きは先ほどここで待ち伏せようと決めた時より変わっていない。こちら側が風下で臭いは届かない、それに不本意ながらも塗りつけたモンスターの糞はヒトの臭いを完全に消し去ってくれてるはず。
「そうでないとこの行為、まるで変態じゃない…。」
 メルは一人呟くと自分の体なのに思うように制御出来ない脈動を呪う。そして鼓動が少しでも静まるようにと静かに息を吐いた。100mほど先の少し開けた広場にそれが姿を表したのはメルが身を潜めてから数分後、瑞々しい果実で水分を補給しカラカラに乾いた喉を潤したその直後だった。
 蒼い鱗と鋭い爪をもつ獣、竜盤目鳥脚亜目走竜下目ランポス科ランポス、その優れた環境適用力を表すように世界の至る場所に生息するランポスはハンターだけでなく一般の民にも知名度は高い。小型の肉食モンスターではもっともポピュラーであろう。しかし小型とは言えメルと比較するとかなり大きい。高さは2mに満たない程度だが驚くべきはその全長である。頭から尻尾の先までは5m強はありランポスをよく知るものでもその長さは意外に感じるのではないだろうか。
 メルも動いているランポスを遠く離れた場所から確認した事はあった。しかしこっそりとは言え鼻の先に位置しこうしてまのあたりにして見ると予想以上の大きさに驚き、その鋭い牙や爪に恐怖を感じた。
 一時的に落ち着いていた鼓動はさらに加速しすぐにでもこの茂みから飛び出し逃げ出したい衝動に駆られるがまがりなりにもモンスターハンターである。たった一匹のランポス相手に逃げは打てない。そのプライドがギリギリでメルを踏み留めさせた。
 依頼書の記載どおり群れから逸れたランポスというのは本当らしい。そうでない限り集団で行動し集団で狩りをするランポスがこのように単独行動をしているのは稀だ。そう…たった一匹だ、倒せる。メルは改めて自分に言い聞かせると覚悟を決めた。
 ランポスが無警戒のままメルの潜んでいる茂みの横を通過する。タイミングを見計らってメルは腰に収めていたボーンククリを引き抜くと同時に上段から自重を乗せ斬りかかった。
『キィー!!!キィー!!』
 完全に虚を突いたはずのランポスがくるりと顔を向けると耳障りな雄たけびを上げメルを威嚇する。素早い動きでメルのボーンククリの一撃を後ろに大きく跳ねながらかわすと醜悪な口を大きく開き肉食獣らしく涎を撒き散らしながらさらにもう一度威嚇する。メルの体勢が崩れたと見るやすかさず大きくジャンプしながらランポスはメルに飛び掛る。
 奇襲に失敗したメルは完全にパニックに陥っていたが首筋を狙っていたランポスの鋭い爪を何とか盾で弾く。弾くと言えば聞こえはいいがたまたま前に突き出した盾のところに攻撃が来ただけ。ランポスはその闘争本能に任せて噛み付き、メルは冷静さを欠いたまま押し込んでくるランポスにただでたらめに剣を振るい続けた。メルのボーンククリがランポスの蒼い鱗に縦や横の赤いラインを引くたびにメルの体のどこかしらかにランポスの爪や牙が食い込む。数分の間、双方傷付けあいながら同じように消耗していった。
 「いいかげんに!」
 血塗れのメルは満身創痍であったが次第に闘争心が恐怖心を押さえ込んでいく事に気付く。気付きは余裕と言う新しい力を生み、迷いを無くす。次第に状況が見えきた。目の前にはランボスの頭が無防備にも晒されている。メルは渾身の力を込め、既に刃こぼれしているボーンククリをランポスの額目掛けて思い切り叩き込んだ。
 「倒れろ!!!」
 もはや斬るというよりも力任せに叩きつけた一撃ではあったがその一撃はランポスの頭蓋を割った。ランポスは脳漿を撒き散らし絶命の叫びを上げる。メルも力尽き縺れ合うようにそのままゴロリと転がったが、ランポスは既に事切れている。メルはゆっくりと体を起こしそのまま腰を抜かしたようにペタンと座り込む。そして痙攣するランポスをぼんやりと眺めていた。頭の中は真っ白になり思考は完全に停止していたが、動かなくなったランポスを見て、ただ「生き残れた」事だけを実感していた。