もはん小話:狩猟の17 ハンターのココロ~ココット村~

 イザヨイは暗闇を凝視し何かを探る。メルに連れ込まれた横穴の奥で注意深く。しかし気配はもとより、訓練により鍛え上げられた夜目と優れた嗅覚とを駆使してもそこになにも感じることは出来なかった。
「メルちゃん…何もないような気がするんだけど…?」
 突然「殺される」と言うメルに従って横穴に入ったのはいいがイザヨイには何が何だか理解する事が出来ずにいた。
「コワイの居るよ…。出口の前でメルを見張ってる…。ヤダ、コワイ。」
 ガタガタと震えるメルに声を掛けるイザヨイであったがその言葉はメルに届いているとは思えなかった。その様子を見ているうちにイザヨイはサンクから聞いていた話を思い出す。たしかメルが以前ドスランポスに襲われた時もこんな状況下であったらしい。それ以降メルは変わってしまったと聞く。なにかがきっかけで記憶がフラッシュバックしているのかもしれない。夜の闇?それとも…?
「…何に怯えてるの?」
「怯えてなんかないもん!それよりもメルのボーンククリ返して!メルだってランポス倒したんだもん。もう馬鹿になんてされないもん。もう…もう一人前のハンターなんだもん。」
 不安定であったメルはイザヨイの持つボーンククリを見てドスランポスに襲われる以前、過去の自分に戻ってしまっていた。イザヨイにはそれが分かるはずもなくとにかく落ち着かせようとするが取り乱すメルをどうする事も出来なかった。一瞬ガクンとうな垂れたメルが突然立ち上がる。
「一人前のハンター?ハンターにはならないよ。弱いハンターは殺されるから。メルは弱いから。誰が助けてくれるの。誰も…。強い獣になるの。メルは強い獣に。殺される前に殺すの!!!憎い憎い憎い!!!」
 メルの言動は支離滅裂、混乱を極めた。今度は横穴から転がり出ると鉄刀【神楽】を闇雲に振り回す。そのさまはあまりにも滑稽で、しかし悲しみを感じさせずにはいられなかった。
 イザヨイは突然にメルを理解した。ハンターに憧れた少女のココロは一匹の無慈悲な獣により引き裂かれてしまった事を。無力な少女のココロは強力な獣によって間違った方向に魅入られてしまった事を。
 村では中傷され非難されるハンターの少女、孤独に恐怖と戦いココロが敗れながらもなんとかそこにしがみ付き続ける。そんなメルを想うと気付かないうちに涙が頬を伝っていた。イザヨイはグイと手のひらでそれを拭う。そしてどうすればこの少女に光を取り戻せるのだろう…イザヨイはそればかりを考えていた。その機会、過去の清算は突然に予想もしないところから現れた。イザヨイもましてやメルも、二人は忘れていたのだった。この森に現れたあのドスランポスの事を。

 隻眼のドスランポスは森の中でなにか音を立て続けている小さな生き物を二つ見つける。どう見ても自分より弱そうなのだが、その一つから漂ってくる匂いが何故か無性に苛立たしさを感じさせた。突然の痛みとともに見えなくなったこの左眼。その左眼を失った時の匂いだ。とにかくこの匂いを絶とう…ドスランポスはそう思うと匂いの発生源メルに向かって加速した。
 
 いきなり暗闇から現れたドスランポスにメルは呆然となる。呼吸すらしていないかのように微動だにしない。両手で振り回していた鉄刀【神楽】はドサリと地面に倒れるとその力を発揮することもなくただの棒切れのように静かに横たわった。それが合図であったかのようにドスランポスは耳障りな奇声を高らかに発するとメルに襲い掛かった。
 血のように真っ赤で醜悪な爪がメルを引き裂こうとした瞬間、火花が散る。メルとドスランポスの間に割り込んだイザヨイが盾でその爪を弾き返したのだった。即座にイザヨイは肩でメルを弾き飛ばす。とりあえず安全圏に弾き飛ばされたメルは後方に数歩進んで尻餅を付いた。その痛みで自分を取り戻したメルはボーンククリを構えるイザヨイの姿があの男の姿と被っている事に気付いた。そしてその結末も同じ、あの男と同じようにドスランポスに引き裂かれ絶命する姿までも想像してしまったのだった。
「メル=フェイン!答えて!ヒトは弱いの?」
 しかしイザヨイは引き裂かれはしなかった。それどころか反撃の合間にメルに質問まで投げかけて来る。ただボーンククリはドスランポスの硬く滑った表皮に弾かれてはいたが。
「…ヒトは…弱い。だって獣には勝てない…もん。」
 メルは素直に答える。暗闇で生きながらも光を求める羽蟲のように。
「んじゃ…獣は強いって言うの?」
 イザヨイは盾と剣とを器用に使い分けドスランポスの攻撃を弾き、かわし、受け流した。
「…獣は…強いよ。きっと…いっちゃんも殺されちゃう…。」
 メルは悲しみでポロポロと涙を零す。しかし視線はイザヨイから外さない、外せない。
「だから獣になる?強さを求める?」
 イザヨイはグッと沈み込みゴロゴロと横に転がりながらドスランポスの体当たりをかわす。
「…そうだよ…獣になって…牙を持たないメルは強い武器持って…。」
「強い武器って何?そこに転がる鉄刀?それともこのボーンククリ?恐れ知らずのココロ?」
 転がるそのままの勢いでドスランポスの左側、死角に回り込むイザヨイ。
「…ボーンククリは弱い、鉄刀だって…。」
「違う!そうじゃない!」
 メルの言葉を最後まで待たずにイザヨイは続ける。剣を弾かれてもけっして引かずに。
「強さはそんなものじゃない!」
 イザヨイはドスランポスの太ももの付け根。その柔らかい関節部分を狙いすませて突く。体重移動とその突き角度が絶妙で深々と突き刺さるボーンククリ。イザヨイがそのまま一気に首元まで切り上げると鮮血を噴き上げながらドスランポスは大地に平伏した。
「弱いヒトでも、弱い武器でも強く恐ろしい獣を凌駕出来る力を持ってる。」
 イザヨイはブンとボーンククリに付いた血を払うとメルを見た。
「強さとは…恐れる事を忘れず、だけどけっして生きる事を、前に進む事を諦めないココロ…私はこう思ってるんよ。それが強さ、ヒトの中にある”ハンターズ・スピリット”だって。」