もはん小話:狩猟の18 朝日照らして~ココット村~

 若干白み始めた森を二人のハンターが駆ける。獣と血の臭いと奇怪な咆哮に向かって。
「青大将ガ…仲間ヲ呼ンデルナ?」
 ツゥは獣の声を聞き分ける、完全にではないが。以前共に請け負った依頼中その技能で何度も危険を回避した事のあるブランカは今回もツゥを信用する事にした。
「と言う事は…誰かがドスランポスに手傷を負わせたのかしら?」
「マァイザヨ嬢ッテトコダローナ。シカシ、状況的ニハチトヤベェカモナ、急グベシ。」
 手負のドスランポスは仲間を呼ぶ。ランポスはもちろんの事、その集まるランポス達を狙ってさらに凶悪な飛竜も呼び寄せる事がある。イザヨイのような力あるハンターと言えども一人では乱戦の中、数に押されて命を落とす可能性もない訳ではない。強走薬を懐から二本取り出すと一本をブランカに渡すツゥ。二人は一気に飲み干すとその効果により全力疾走で長距離を駆けた。

 ズリズリと足を引き摺りながら後退するドスランポス。苦しげに吼えるたびに森のあちらこちらからランポス達が姿を現す。その数は20を超え今もその数を増やしているようだ。連なるランポスがドスランポスを庇うように壁を作る。
 その青い壁に囲まれるイザヨイとメル。さすがのイザヨイも少しだけ焦りを感じていた。一人であれば難なくこの場を離脱し逃げる事は出来ると思うがメルの反応がない。この状況になっても今だしゃがみ込んだままなのである。
「メル…ちゃん!とにかく立ち上がって。…強い”獣”になるんでしょ!生き残るんでしょ!立って!…立ちなさい!そして逃げて!」
 その声にようやく立ち上がるメル。転がる鉄刀を拾うとブンと風を斬る。そしてランポスの青い壁に正対し構えなおす。この場に及んでも交戦の構えを見せるメルに対してイザヨイが慌てて叫ぶ。
「駄目!逃げて!」
「やだ!逃げない!」
 イザヨイはメルの背に張り付くと互いの死角をカバーするかのように背中合わせにボーンククリを構える。次第にその直径を狭めてくる青い円周を警戒しながらもメルを説得する。イザヨイは思う。メルの小刻みに震える背中は恐怖の証、なのにどうして。
「バカ!命を粗末にするのが”獣”じゃないでしょ!ドスランポスでも判ってる事なのに。」
「バカでも何でもいいよ!ただもう…もう逃げるのはやだ!」
 メルは震えながらもしっかりとランポスを見据えている。闇雲に攻撃する訳でも取り乱すわけでもなくただ見据えているのだ。イザヨイにはその姿が油断も気負いも無いメル本来の自然な姿に見えた。
「獣になるとかハンターになるとか…ほんとはどうでもいい事だって解ってた。何も解ってないのに解ったふりで逃げてるって事だって。あの夜に命を奪われる怖さを知って、そして逆に命を奪う怖さも解って。なにもかもから、生きていくことさえからも逃げてた。」
 イザヨイは誤解に気付く。メルはその命を奪われる事は元より他の命を奪う事にも恐怖していていたことに。強がってココロを塞いで命を奪っている自分自身から目を背けていたことに。そしてイザヨイは感じる。メルに元より備わっていた光が今まさに戻ろうとしていることを。
「いっちゃんの言うココロの強さ、メルも覚悟するよ。生きていく為に、前に進む為にいろんな命を奪って、そして背負う。命の重さは皆同じ。どの命が重くてどの命が軽いなんて優劣なんてないから全部背負っていく。とても傲慢で残酷で醜い自分だけど認めないより…逃げるよりずっとマシ。だから今は逃げない。戦う!」
 覚悟だけで駆け出しに毛の生えたようなハンターがどうにか出来る状況ではない。無謀な行為だと思った。しかしイザヨイはどのような結果であれメルの戦いを止める事をやめた。この戦いこそがメルのハンターとしての本当の第一歩のように思えたから。
「…了解。んじゃ一個だけ聞いて。大事な事は攻撃する前じゃなくて後。一撃で倒せる獣なんてほとんど居ないんだから。この数だし…大振りせずに攻撃より避ける事に意識を集中して。お願い。」
 メルは返事をしなかった。しかしながらたぶん理解はしているはずとイザヨイも自らの戦いに集中する事にした。

 戦いは今まさに始まろうとしていた。森を包み込んだ朝日は美しい緑と毒々しくも鮮やかなランポスの青い鱗を照らしていた。
 その姿を確認したブランカは自らの移動速度を最大からいきなりゼロに。ブレーキ代わりに霜の降りた地面をかかとで抉ると使い慣れた真っ白なボウガンを素早く展開する。一般的に弾丸を射出する為の弓部はその前面に取り付けられている事が多い。しかし朝日に白い銃身を輝かせるクイックキャストは珍しい形状をしており最後尾に設置されている。その後部に取り付けられた弦に連動するリローディングレバーをガチャリと引上げるブランカ。腰のポーチから一握り、自慢の自家製散弾を取り出すと素早く弾倉へ。フゥと息を吐き一呼吸で放つ。ランポスの環、その中心に立つイザヨイとメルに向かって。
 しかし飛来する数個の散弾は二人を取り巻くランポスだけを撃ちぬいた。それぞれが独立した意識を持っているかのようにイザヨイとメルだけを避けて。
「ドーヤッテルノカイマダ、ワカランナ。散弾デ狙撃ナンテアリエナイゾ?」
 ツゥは知っているのだ。ブランカが数発の散弾全ての、それぞれの描く放物線を把握している事を。
「あら、昔ガンナーだったでしょ?貴方も。…困った人ね。」
 ブランカはウィンクをすると次弾の装填動作へ。
「…昔がんなー?ソンナコトガ出来ルがんなーナンテ、アンマシ居ナイゾ。俺モ含メテ…ナ。」
 ツゥはやれやれと首を振った。

 イザヨイとメル。二人が覚悟を決めたその瞬間、数体のランポス達が吹き飛んだ。ドスランポスに統率されていた青い壁はあっさりと崩れる。何が起こったかは二人とも理解は出来ていなかったがそれが最初で最後と思われるチャンスだと思った。浮き足立つランポスを丁寧に狩っていくイザヨイ。一刀ごとに一度背中に戻しては抜刀と当時に切り落としを繰り返すメル。少しずつ傷は負いながらも致命傷は避けるようになんとか戦っているようであった。
 ブランカのボウガンが頭蓋を撃ちぬき、イザヨイの片手剣が喉を裂き、メルの大剣が肩口から両断する。圧倒的不利に思えたこの戦いもブランカの参戦によりあっさりと有利へと変わった。次第に数を減じていくランポスは息絶え、逃走し、散っていった。イザヨイとメルの二人がブランカの遠方支援に気付いたのはランポス達、それにいつのまにか消えていたドスランポスが居なくなってからであった。

 隻眼のドスランポスはイザヨイに切り裂かれた体から血を流しながらも通り抜けの森からなんとか逃げ延びていた。手下のランポス達を囮に使う事はうまくいったようだった。左眼を失った時と同様またどこかに身を潜めてとにかく傷を癒そう。今日のように小さい生き物だからと油断せず、次に嫌な匂いを感じたら遊ばずに狩ってやろうと決める。そこでふと喉が渇いている事に気付く。そして乾いた喉を潤す為、朝日を乱反射する小川に口を付けた瞬間にその思考は止まる。ドスランポスのその小さな脳髄は巨大なハンマー、バルセイト・コアに頭蓋ごと叩き潰されてしまったのだった。
「ワルイ…デモナイカ?…アノ場カラ逃ゲ出シタ瞬間、オマエサンハ狩ラレル側ニマワッタカラナ。」
 誰に聞かせる訳でもなく独り呟くツゥ。通り抜けの森の乱戦からこっそりと逃げ出したドスランポスを追ってきたツゥはたった一撃、迷いのないハンマーの一振りでドスランポスの命をあっさりと奪う。大きな世界の一部、極小さなココット村。その辺境の地で起こった小さな事件はここに終結を見た。
 ツゥは登り行く朝日をまぶしそうに見上げると軽々とハンマーを背負った。ツゥにとってハンマーは命と同意。その命を背負う行為は奪った命、その業を背負う事だと言っているかのようであった。ツゥはハンマーより滴るドスランポスの血がその防具、肌を露出させた赤い色のボーンシリーズに流れることにも構わずその場を離れた。