もはん小話:狩猟の19 流れ出す時間~ココット村~

 あのドスランポス討伐より一月が過ぎようとしていた。ツゥは当初の目的であったモノブロスを追い村を出て行ったきり戻らず。ブランカはあの事件の後すぐ、王国の軍師より召集を受けて中央に向かった。今だ村に滞在するイザヨイはナルの店に居た。
「すまなかったね、イザヨイ。思ってたより時間掛けてしまって。大丈夫かい?」
 ナルは調整の完了したイザヨイのインジェクションガンをカウンターの上に置くと申し訳なさげにそう言いイザヨイに頭を下げる。イザヨイはブンブンと手を振り笑う。久しぶりの愛銃を手に取るとゆっくりと展開してみた。今まで以上にスムーズに展開する様や曇り一つ無く磨き上げられた可変スコープレンズ、少し小さめのイザヨイの手にもすんなりと馴染むグリップ。その端々から解るナルの丁寧な調整に満足した。
「大丈夫ですよ、滞在してた間もいろいろ有って何かと楽しかったですし。ココット村の皆にも良くしてもらって…あまりに住み心地がいいんでちょっと街に帰るの止めようかなぁ?なんて思ってたぐらいで。」
「腕の良いハンターならどこでも良くしてもらえるさね。竜と共に生きる民には必要不可欠な存在だからね。…まぁアンタの場合そうじゃなくても良くして貰えるだろうけどねぇ。」
 ナルはイザヨイの人柄を良く知っている。瞬間、時代は遡り訓練所時代に共に過ごした1年間を思い出すナル。何があったかは知らないがたった一人で訓練所の門を叩いた世間知らずの幼い少女にはいろいろと辛い事も多かったはずだ。しかし自分も他人も「頑張る人が好き」だというイザヨイはどんなに辛くても弱音を吐かず、腐らず、そして誰に対しても優しく、ハンターとして、人として強く生き抜いてきた。その姿がどこか人に勇気を与える存在であるイザヨイはきっとこの先も人々に愛されそして人を愛して強く生きていくであろう。ナルはまぶしいものを見つめるように目を細めた。
「そういえばメルの奴は…。」
「今日はなんだか朝から騒々しく出て行きましたよ。なんでもイャンクックが出たとかで。…メルちゃんだけじゃなく村中大騒ぎしてるみたいです。」
「クック?…メルにはまだ無理っぽいさねぇ。」
 ナルは心配しているのかいないのかよく解らない口調と表情でそう言う。ナルはメルに対してほとんど何も言わない。ハンターが何たるか?それを自分に教えてくれたナルだけにメルに対してのその態度はイザヨイには少しだけ理解出来なかった。
「そうでもないと思いますよ。良い勝負するんじゃないかなぁ。着実に強くなってる…ケルビや少数のランポスあたりにはほとんど無傷で勝てるようになってますし。」
「あのドスランポス事件以来、何度も一緒してくれたみたいじゃないか。そこらも迷惑かけたさね。」
「むふふ、迷惑だなんてそんな…実はですね、なんかガラにもなくちょっとだけ”教官”気分味わっちゃったりして楽しんでたのは自分だったりですよ。」
 なんか教えたくなるんですよね、メルちゃんは何にでもムキになるから…。と笑うイザヨイ。
「そうかい。それならきっといいハンターになれるさね。メルも。」
 ナルは本当にそう思いイザヨイに感謝した。唯一の肉親であるナルの言う事には基本的に、そして盲目的に従うメルである。だからこそメルには何も言わなかった。自分が間違いを正す事は簡単だが、間違い自体に自分で気付かずに従っているだけでは成長はないと知っていたから。イザヨイ達との出会いにより近頃のメルは少しだけそれが解っているように思えた。
 自分がそうであったように例え間違った方向へ進んでもそれを乗り越え共に成長しうる仲間にメルも巡り逢えるはず。その時まで何も言わずただ傍で見ていようと決めていたナル。ココロの底ではずっとメルのその幸運を願って、そしてイザヨイ達のおかげでその願いは叶いつつあった。
「はい。たぶんいいハンターになりますね。ナルさんの妹ですし?」
「はん!ありがたいね…ったく。メルはクックなんかよりも大事な事を解ってないさねぇ。」
 旅立ちの近いイザヨイの前に姿を見せないメルに少し苛立ちを感じるナル。この時を逃すと、きっとハンターとしては終わりだと言うのに。
「ナルさん?一つ聞いていいですか?どうしてメルちゃん本人に何も言ってあげないんですか?」
 その答え、聡明なこの少女ならいつか自分で気付くだろう。ナルはそう思いこう答えた。
「…そう言う流儀さね。」