もはん小話:狩猟の5 狂気の一夜~ココット村~
対等、もしくはそれ以上の力を持った時ヒトはハンターとなりうる。それは鍛えた鋼の刃であったり優れた知恵や知識であったりそして経験であったり。男の唯一の対抗手段である刃も既に欠け、知恵も知識も経験も無い男はもはやハンターでは無く狩られる側、一方的に搾取されるだけのただの獲物でしかなかった。
「クソッ!クソッ!!クソゥ!!!」
男は冷静さを欠き、口汚く喚き散らしてはボーンククリをただ闇雲に振り回していただけだった。稀に命中はするものの硬い鱗に弾かれるばかりで掠り傷はおろか全くダメージを与えることは出来ていないようであった。男はほんの数時間前の事を思い出していた。仲間達とランポスの群れを見つけ討伐した事。山のように剥ぎ取った素材を持ち帰るようにした結果、手荷物の中の【砥石】を捨てた事。その帰りにドスランポスに見つかった事。無駄にランポスを狩りその血液や油でまったく切れなくなった鉄刀【楔】を、そして傷付いた仲間を一緒に見捨てた事…。
対峙してからしばらくは男の振り回すモノを警戒して様子を伺っていたドスランポスであったが勝利を確信したのか甲高く一声鳴くとグッと身を沈めてしばし動きを止めた。
「何をボーッと見てやがる!メェルフェインッ!俺を…ハンター仲間を見殺しか!」
男は視界の隅にメルの姿を捉えると大声を張り上げた。その言葉はメルを罵ってはいるが確かにメルに助けを求めていた。何を勝手な事を…とメルが思ったその瞬間、ドスランポスが大きく跳躍し一瞬で男との距離を詰める。そしてその凶悪な牙で男の腕をボーンククリごと噛み千切った。男の絶叫と共にその腕から吹き出る鮮血がスローモーションで舞う中さらに男の右足、左腿とを噛み千切るドスランポス。圧倒的優位、一撃で仕留める事も出来たはずである。しかしドスランポスは致命傷を避けるように男を文字通り解体していった。その恐ろしい光景にメルは思わず後退りすると足元に在った小石に躓き尻餅を付く。強かに臀部を打ち上げたが、しかしその視線をドスランポスからは離す事が出来なかった。
「…狩りを楽しんでる…。」
メルは身震いがした。ただの獣、知性のかけらも無くただ本能に従い行動する生き物とばかり思っていたドスランポスが圧倒的優位に立ち、そして明らかに男の恐怖や苦痛を楽しんでる。さらに思考は混乱を極めた。男は苦痛で蠢く以外に出来ることはない。しかしドスランポスは留めをさそうとはせず男の体をその大きな脚で踏みつけると男の体の一部であった肉片を、骨を聞こえよがしに音を立てながら咀嚼する。グルンと首をもたげもう一匹の獲物メルを視界に捕らえるとキィキィと鳴く。メルにはその声が不気味に笑っているように聞こえた。
『ジジジ…ジジジ…』
後ろ手についたメルの右手の下で何かが蠢いていた。メルは咄嗟に右手に掴むとそれは森に潜む蟲であった。無意識に近かったがメルは思い切りそれを握りつぶす。その瞬間すっかり暗闇になってしまった森の中が一瞬だけ昼間になったように閃光が煌いたのであった。メルが握りつぶしたのは【光蟲】、この蟲は絶命時に強烈な閃光を放つのが特徴で素材玉に封じて置くと【閃光玉】として使用出来るので上級ハンターの携行品として準備される事が多かった。使用法こそ違えど光蟲の命と引換に放った強烈な閃光は凶悪なドスランポスの目を焼いたのである。
突然視界を奪われたドスランポスは前後不覚となり行動不能になる。その隙を突いてメルはヒトが屈んでやっと入れる小さな横穴に潜り込んだ。咄嗟に入り込んだ横穴は以前森を散策していた時に見つけた場所だった。奥は行き止まりで普段は釣りをしたり蟲を捕まえたりする楽しい場所だが今日はここが自分の墓穴のようにも感じた。
しばらくするとあのドスランポスが横穴の入り口までやってきた。キィキィと耳障りな鳴き声を上げながらその穴から入り込もうとするが横穴に対してドスランポスの頭はさすがにサイズが大きすぎる。何度かくリ返していたがやっと諦めたのだろうか。森はまた静寂を取り戻したように思えた。
とりあえず夜が明けるまではここから動かないほうがいいと判断したメルはここで野営をすることに決めた。たぶん眠ることは出来ないだろうが体だけは休めておいたほうがいい。そう思った矢先に横穴の出口付近、うっすらとしか見えないそこでドサリという大きな音と男の呻き声が聞こえた。そして時折何かを引き裂く音と男の悲鳴が響く。その声もだんだんと小さくはなりつつあったが嫌な咀嚼音だけは一晩中静かな森に響いていた。
嫌だ。イヤダ。嫌だ。イヤダ。イヤダ。怖い。コワイ。怖い。コワイ。コワイ。コワイ…その夜、メルの思考は最悪の事態へと廻り続ける。ここから逃げなきゃ。ニゲレルトオモウノ。死にたくない。イキノコルシュダンガアルノ。あのヒト助けなきゃ。イキテルトオモウノ。何か武器を探さなきゃ。ドコニアルノ。強い武器を。ツヨイブキヲ…ツヨイブキヲツヨイブキヲ…ツヨイブキヲ!!!!…。