もはん小話:狩猟の9 皆殺しのメル~ココット村~
メルは一人思案に暮れていた。今日も武器強化の為に鉱石を求め、垂直に切り立った崖の途中にある採石場、とはいってもほんの小規模なものではあるが、そこに向かう途中でアプトノスの群れを見つけその全てを狩ったまでは良かったのだが。逃げまどうアプトノスを鉄刀【神楽】で背後からでも躊躇無く一撃の元に切り伏せ、その柔らかな肉が高値で取引されるという理由だけで生まれたばかりの幼体までも容赦なく狩った。その為メルのバックパックは小さな竜骨や生肉で一杯になっていた。思案の種は採石場で当初の目的でもあったマカライト鉱石が予想以上に掘れてしまったからだった。この状態ではその全てを持ち帰ることは難しい。しばらく考えたがメルはバックパックから竜骨や生肉を全て崖下に投棄することにした。それが一方的に命を奪って得たモノであるにも関らず。
「あ~あ、高く売れるんだけどなぁ。…でも青い空に舞う赤い肉ってシュール。」
落ちて行くアプトノス達の、その命の断片を見ながらもメルはクスクスと笑った。
メルはあの事件の後より村では少し特別な存在になっていた。狩りに出掛ければそれが誰かの仇であると言わんばかりに必ず獲物を仕留めてくるという事もあったが真の理由はそれだけではなかった。酒場でその話題に触れると皆は口を揃えて”皆殺しのメル”と彼女を蔑んだ。
当初は心無いモノが噂した「仲間を見捨てて一人で逃げた」事が”皆殺し”の通り名を付けた。もちろんそれは事実ではなかったが、しかしその噂が誤解と知れ渡った現在も彼女の通り名は変わることはなかった。同行した仲間を殺す訳ではなく目の前の獣、それが無抵抗であったとしても容赦無く全て狩る…自然と共存するハンターとしては禁忌とも呼ばれる無用な殺戮行為を繰り返し、その名のとおり”皆殺し”を行うからであった。
インジェクションガンの改造の間ココット村に滞在する事を決めていたイザヨイはナルの妹でもあるそのメルに興味を持った。その生き方があまりにもハンターらしくないメルがなぜハンターを続けているのか、ただ単純に好奇心が芽生えたから。ナルに聞けば近頃は家に居ても部屋から出る事はなくナルにもめったに顔を見せないらしい。まあその原因は実力に不釣合いな大剣を店より持ち出そうとしてナルに咎められたからだというが。
本当に何もない村である。数日は足しげくナルの店に通いボウガンの試射を行う傍らメルの帰宅を待っては見たものの一向にその気配はない。結局暇を持て余し村をブラつく事にしたイザヨイは少し早めの夕食を取ろうと小さな酒場に入ることにした。そこではハンター気取りの若者達が丁度メルの話題で盛り上がっていた。万能パインとレアオニオンのサラダ、ジャングルリブの猛牛バター炒め。それにパニーズ酒をグラスでオーダーしテーブルに腰掛けるイザヨイ。あえて聞き耳を立てずともその話は耳に入った。
「傷付いても武器を振るうのを止めないってさ。薬草あるだけ使いきっても一歩も引かないらしいしな。あんな戦い方してればいつか自分自身も含めた”皆殺し”さ。」
「仲間を見殺しってのもあながち嘘じゃないかもな。あの女の前に立ってて思いっきし”切り上げ”られて吹っ飛ばされた奴もいるらしい。」
「一匹のランポスから相当な数の素材を取るって話だぜ。そりゃ後にはな~んにも残んないわな。くけけ。あんな女と間違いでも犯せばケツの毛まで毟られちまわぁ。」
乱戦の中、大剣使いが仲間を切り上げるってのは良くある話だとはしても男たちの”らしい”口調からそれらはどうにも噂の域は出てないらしく少し誇張もあるのかなとイザヨイは思った。良くある話であったがヒトは区別をしたがる生き物なのである。ヒトと違う生き方をするだけでそれがいけない事のように囃子立てるヒトのなんと多いことか。メルの噂話をなにげに聞いていたイザヨイはいつのまにかまた自らの過去の出来事を思い出している自分に気付き苦笑した。
「何を笑ってやがる?よそ者が聞き耳を立ててんじゃねぇ。」
単に苦笑いをしていただけのイザヨイ、ましてや独り言ならぬ独り笑いだったのだが酔っ払った若者がそれを見るやいなやイザヨイに絡む。ナルが言ってた「血の気の多い奴ばっかり」という言葉を思い出しあながち冗談ではなかったのかとイザヨイはつい笑みを漏らしてしまった。その可憐な少女の笑みを不幸な事に挑発としか取れなかった若者はいきり立つとその口調とは裏腹によれよれとした足取りでイザヨイに殴りかかろうとした。しかしそのコブシはイザヨイに到達する事はなく突然横合いから飛び出してきたほぼ全裸の少女に吹っ飛ばされると柱に頭をぶつけて気絶した。
「にぃちゃん足腰弱いッスね。ヒトの悪口言ってる間に修行するッスよ。」
飛び出してきた少女サンクは独特の訛り口調で他の若者達を挑発する。噂話を聞いていたのはイザヨイだけではなくサンクも同様で友人を悪く言う若者にいつ殴りかかってやろうかと機会を伺っていたのだった。
「馬鹿サンク!てめぇ今日はクリオ…さん…は居ないぜ!今日こそ返り討ちにしてやる!」
「おおぅやるッスか?普通のガチなら一人でも負けないッスよ。」
たぶん何度もこのような衝突があったのだろう。やれやれといった雰囲気のイザヨイも必要かどうかは別としても助けてくれたサンクに対して知らぬ顔は出来ない。ゆっくりと立ち上がるとステップを踏み始める。一触即発の酒場の緊張感は極限にまで達していた。
「マァ熱クナルナ、若者。ソノ裸娘ハトモカク…ソッチノ【訓練所】アガリトヤッテモ勝目ハ…マァナイナ。」
大きなハンマーを背負った異国のハンマー使い、カタコト交じりの言葉で本人はムロフシと呼べと言うだろうが。その女が間に割って入った。数日前よりココット村に滞在する流れのハンターで何でも伝説の一角獣モノブロスを探していると言う。彼女だけはイザヨイの着るクロオビシリーズの意味。入ることは誰でも出来るが無事に出ることが出来るのはごく一部。どんな武具もアイテムも使いこなすことが出来る超一流のハンターのみだけと言われる訓練所の、その卒業の証という事を知っているようであった。
クロオビシリーズについて知らなくとも訓練所の存在はハンターならば知らないはずはない。信じられないと言った表情であったがこの状況にあっても静かに微笑みを絶やさない少女の余裕に納得するほかになかった。「この馬鹿サンク!次はギトギトにノしてやるからな!」とベタな捨て台詞を残して若者達は酒場を出て行った。