もはん小話:狩猟の15 ハンターとケモノ~ココット村~

 先に行くメルを追いかけてちょうど身の丈ほどの段差に飛び上がり手を掛けるイザヨイ。グイと体を持ち上げるとその上に乗る。その先には他からは死角となるちょっとした空間があった。樹木の連なりや迫り出してくる岩盤の状況。それらの偶然が重なる自然が作った避難場所とも言える場所である。さすがに飛竜の放つ火球であれば密室状態なだけにその熱気に焼かれるかもしれない。しかしランポス程度であれば十分にその効果を発揮出来ると思われた。そこでメルは大きな蜂の巣を見つけるとその下をゴソゴソと探った。
「…回復薬はちょっと苦いからぁ。」
 メルはイザヨイに渡された回復薬に採ったばかりのハチミツを垂らすと一気に飲み干した。メルはその効果を知らない。その言葉の通り単に味付けをしただけだった。
 ハチミツの甘味はすぐにエネルギーに変わる。その速攻性、薬草との相乗効果もあって通常の回復薬よりも体力の回復が良い事は知られる話である。効果を知るイザヨイも同じようにハチミツを採集するとポーチから回復薬を取り出し混ぜ合わせる。気取ったハンターなら混ぜるとは言わず調合すると言うだろうがほんとに混ぜるだけである。それで回復薬グレートと呼ばれる薬が一つ出来る。ただしイザヨイはメルのように飲むことはせずまた腰のポーチに仕舞い込んだが…。
「ん、調合レシピは知ってるんだ。君みたいでもいちおハンターって訳だね?」
 イザヨイは一つ勘違いをしながらもメルを挑発するような言葉を投げかけた。喧嘩を売るつもりはなかったが勝目のない戦いに臨んでいたメルになぜかイラついていた。
「ハンター…どうだろ?メルってばハンターに見えた?」
 メルはクスクスと笑いながらイザヨイを見る。イザヨイは意外な返答に一瞬戸惑った。
「メルはねぇハンターじゃないの。村の皆もそう言ってなかった?」
 ハンターじゃない?イザヨイはてっきり村の噂なんて知らずメルは勝手気ままに生きるだけのハンターとばかり思っていた。だからこそ自分の持つハンターのイメージ、もっと端的に言えば自分自身と余りにも違いすぎるメルに興味があったのである。
「ハンターじゃないって…それならどうして獣を狩るの?命を掛ける意味なんて無い事をどうして?」
 メルは無邪気にクスクスと笑いつづける。
「だから~メルはハンターじゃないからそんなのわかんない。この森の中でいろいろ理由付けるのはハンターだけだよ。」
 イザヨイは混乱を極めた。正直メルは村の皆が言っていたようにどこか壊れてしまっていると思った。だけど何かそれだけではない…そんな気もするのである。とにかく話をしてみようと思うイザヨイはさらに続けた。
「貴方だって獲物を狩って糧を得てる…どこがハンターじゃないの?」
「んも~うるさいなぁ。獣だって狩りをして生きて行く為の糧を得てるじゃん。んじゃランポスもドスランポスもみ~んなそのハンターだって言うの?」
 単純に言葉の意味からすれば狩る側の獣もハンターと呼べる。しかしイザヨイの言っている”ハンター”とは少しニュアンスが違う。それが分かっているからこそ自分はハンターではないとメルは言い張る。
「違う。ヒトと獣は違うよ。メル…ちゃん。違うからこそハンターに…。」
 イザヨイは怯える子供を落ち着かせるように極力優しい声を出したつもりだったがメルはその言葉を途中で遮る。
「ヒトがハンターである限り、獣には絶対に勝てないの!ヒトは弱いくせに、この森の中でも一番に弱いくせに!ハンターなんてそんな括りの中で言い訳しながら獣と戦ったって…いつか殺されちゃうだけ!」
 いきなり感情的になったメルは一気に捲くし立てる。
「やだ!メルは死にたくない…メルも獣になるの。何も考えずただ生き抜く為だけに戦って勝ってそして一方的に奪って…その為に爪や牙の変わりになるような強い、一番ツヨイブキが欲しいの!!!」
 ポロリと涙を一つ流したメルはグッとコブシを握ってイザヨイを睨み付ける。イザヨイは思う。ならばこの狩猟場から去ればいいのに。去ってしまえば少なくとも獣に殺されることは無いはず。しかし去れないのはメルがやはりハンターだから。言葉や考え、主義や主張が違っても…恐れ慄きながらも獣と戦い生きていく事を選ぶのはヒトがハンターになる為の一番の条件だからと信じているから。
 考え方も含めハンターとしては出来損ないの半人前以下。このままだといつか命を落とす事は間違いない。しかしイザヨイはメルの強さを感じずにはいられなかった。メルの怯えながらも威嚇する目…その視線はまさに野生の獣であったから。