もはん小話:狩猟の21 イャンクック討伐~ココット村~

「最後の一個。最後の…あ!」
 メルは手を滑らせて回復薬の入った小ビンを落とし割ってしまう。イャンクックに負わされた怪我の具合と相談しながら。再対峙の可能性もあるしいったん村に戻るにしても回復薬が無いって言うのはなんとも心もとない。蜂蜜と調合して回復薬グレートにするか、そのまま飲まずに取っておくかそんな事を考えていた矢先に。
「とにかく…こんな時には採集して体力温存…って言うよね。」
 なにげに逃げてきた場所はあの通り抜けの森。とかくメルにとっては因縁深い場所である。因縁というか嫌な予感と言うものは何故か当たるもので空を切る翼音に咆哮。風圧に体の自由を奪われるメルの前にイャンクックが降り立った。大きく一鳴きするとその長い尻尾をブンと振り回すイャンクック。一瞬の出来事に防御も出来ないまま吹き飛ばされるメル。遠心力にしなる尻尾の一撃は予想以上に強く受身も出来ずに大木に打ちつけられて息が出来ない。それでも意識を保てていたのはメルがハンターとして優れていた訳でなく新調したばかりのランポスメイルのおかげだった。
”クケェケケケケケ~”
 見た目とは裏腹にイャンクックは臆病なモンスターである。完全に有利な状況であっても油断することなくメルを警戒していた。メルは不思議と恐怖は感じなかったがゆっくりと確実に近付く敗北…「死」にたいして悔しくて涙が零れた。
『引く時は引く。相手と自分の力量を誤るとほんと死んじゃうよ。』
 イザヨイの姿が浮かぶ。さほど年の離れていない少女は全てにおいて自分よりも上のように感じた。なぜか素直に話が聞けない。何度も助けてもらったのに。いろいろと教えてもらったのに。意固地になって無茶ばかりしてもそれでも笑顔で守ってくれていたのに。もう逢えないと思う。今日村を離れてるはず。一度でも「ありがとう」って言ってれば良かった。そしたらきっとこんな涙は流れてなかったと思う。たぶん。
『諦めることは自分に負ける事。諦めず、自分に負けなきゃ…いつか勝てるよ。』
 メルはイザヨイの言葉を思い出し最後にもうひとつだけ足掻く事にした。
「諦めない!…けどこんな時に素直に言う事聞いたってもう遅いよねぇ。」
 怒った馬のように脚で土を掻くイャンクック。苦笑いでグッと鉄刀神楽を突き出し、少しでも体を大きく見せようとするメル。最後の交錯は近い。

「そのまま動かないで!!!」
 メルは背後から聞こえる声に命じられるまま微動だにしなかった。まるでその呼吸まで止まったかのように。矢継ぎ早に飛来する弾丸はメルの数センチ横をすり抜け次々とイャンクックに命中する。それぞれの着弾の瞬間、雷光のような黄色の光に包まれる。その光は伊達ではない。その光には麻痺の効果がありイャンクックは動きを封じられた。まさに電光石火と呼ぶに相応しいイザヨイの狙撃であった。
「メルちゃん!得意なやつ!そして回避!」
 無意識だったかもしれない。メルは一歩踏み出しながらまっすぐに大剣を振り落とす。間髪いれずに横凪、そしてその遠心力を利用して斜め上方に切り上げるとそのままクックの股下を抜けるように転がった。
 メルが傷付けた部分、その剣傷に次々と飛来する貫通弾。傷付き破損した甲殻に対してその貫通力は凄まじい。イザヨイの放った弾丸はその全てがイャンクックの体に留まることなく貫通し正対する岩盤に突き刺さった。
 激しく鮮血を撒き散らしながら痛みに仰け反るイャンクックがその腹を見せた瞬間、叩き込まれる通常弾に散弾その他もろもろ。目まぐるしく変わる弾種にイャンクックの甲殻や鱗は次々に弾け飛ぶ。そしてボロ雑巾のようになったイァンクックは逃走する間もなくそのままあっさりと息絶えた。ガチャリと音を立てて二つ折りになるインジェクションガンを背負うイザヨイはメルに声を掛けた。
「…だいじょうぶ?」
 一瞬の出来事。初めて見るガンナースタイルのイザヨイはメルの予想を遥かに越える速さと強さであり、その姿をまのあたりにしたメルは言葉を失い大剣をだらりと地面に付けたまま立ち尽くした。