もはん小話:狩猟の2 高鳴る鼓動~ココット村~

 幾筋かの木漏れ日がさす森の中。聞こえてくるせせらぎを頼りに歩を進めると雪解けの湧き水が清流を築く。待ちわびた春を迎え静かに流れるその清流はまるでガラスのように透明で川底まで見通せる程だ。その水面に静かに釣り糸を垂らす少女が一人。名はメル=フェイン。去年の冬、春の訪れよりも待ちわびた16歳の誕生日を迎え、その姉がそうであったようにハンターとなった少女である。
 セミロングの金髪をうなじで纏め、その蒼眸は清流に漂う浮きをじっと注視している。ケルビの皮をなめして作ったレザーライトアーマーはまだ真新しくどこか体に馴染んでいないように見える。それはメルがまだ駆け出しのハンターである事を表していた。
 静かに水面を漂っていた浮きが動く。竿を持つ腕に少しだけ力が入るがその動き以外メルは微動だにしない。すぐに引き上げても獲物を逃がすだけで悪ければ餌を取られるだけだ。刹那、竿が大きくしなり大きさ5cmほどの浮きが水の中に姿を消す。
 はぁ!という掛け声と共に一気に引き上げると釣り糸の先には太陽光を反射する見事な黄金魚がぴちぴちと最後の抵抗を見せていた。
 「うん…これで依頼は達成っと。」
 メルは腰に付けていた巨大な獣の牙をくり貫いて作った魚篭に黄金魚を入れると、満足げにその場を立ち去った。

 メルは森を歩く事が大好きだった。時折現れるブルファンゴに見つかるととても危険だったので気配がする度に身近な茂みへと身を潜めたりする必要があったが、それでも村長から依頼を受けた品物を調達する為に森へ来ると決まって遠回りをするようになっていた。
 森の木々たちがトンネルを作っているような細い道のその先でヒトの声がする。メルは警戒しながらもその声の方へゆっくりと歩を進める。そこは昔のベースキャンプの跡地であろうと思われる風化したテントがあり、そしてその回りでは数人のハンター達が倒されたばかりの蒼い小型肉食獣、大きなトカゲのような風貌を持つランポスを解体しているようだった。その内の一人がメルに気付く。メルはその男、同じ村に住むハンターに見覚えがあり係わり合いにならないよう早々に立ち去ろうとしたが男はメルを呼び止めた。
 「これはこれは!メル!村長期待の若きモンスターハンターのメル!」
 同じ村に住むハンターのこの男はメルを見るたびにこのように声を掛ける。そして決まってこの言葉を続けるのである。
 「いや、ランポスも狩れない奴がモンスターハンターとは言えないか?」
 男の仲間達はランポスの解体に使っていたナイフを腰に納めるとメルを取り囲む。ニヤニヤと嫌らしく笑いながら同じように囃し立てる。
 「モンスターハンター?いやいやこいつはフィッシャーだろ?」
 「武器屋の娘のくせに武器も禄に使えない。なが~い竿の扱いだけは一人前っと。」
 「そもそも今だ得物がボーンククリってありえねぇだろ。」
 「なんてかな、いつまでも討伐依頼すら出ない半端もの。」
 男達は何故かメルを見掛けるたびにいつも侮辱の言葉を投げかけた。一瞬口を開きかけたメルであったがその細い腰に鎮座する片手剣、アプトノスやケルピを狩る時に使用するボーンククリと、彼らのモンスターを狩る為の武器、自ら集めた素材を使って磨き上げたと思われるそれらを見比べると口篭もる。
『弱きヒトはさらに弱きヒトを叩く、しかし強きヒトはさらに強き竜を狩る。』
 以前はそれなりに名の知れたハンターだったと言うが今はしがない武器屋でしかない姉の言葉を思い出しながらも、さらに弱きヒトであるメルはジッと下を向いて涙を堪えるのが精一杯であった。

 
「なんだ?腹へってんのか?」
 依頼書と黄金魚を揃えて差し出すメルに依頼主でもある村長は問う。先ほどの事も在ってメルが沈んだ顔をしているからだろう。まあこの村の長は若い者を見るといつもこの言葉を掛けていたが。
「ん~ん。さっきこんがり肉食べたから大丈夫。」
 メルは沈んだ気持ちのまましかし精一杯笑顔でそう答えた。赤ん坊の時より知っているこの少女はハンターになる前はもっと明るく活発な少女だったように記憶している。村長はしばし考え込んだ後、懐より赤い紙を取り出しメルに差し出した。
「どうじゃ?最近ランポス共が村の周辺で騒いでおる。お前さんにとって初めての討伐となるがやってみるかの?」
 少女の姉より一人前に採集が出来るまで討伐の依頼は待って欲しいと言われており、同じように思惑の在った村長はそのとおりにしていたがそれを特別扱いとしてメルに反感を持つハンターが居る事も事実である。採集だけだとしたらもはや一人前と言っても良い、それにモンスターハンターはやはりモンスターを狩るのが仕事である。少女の姉には後で事情を話せば分かってもらえるだろう。
「赤い依頼書…いいの?」
「初めての討伐じゃてちゃんと準備を整えてから行くんじゃぞ。…しっかりの。」
 メルはおずおずと初めての赤い紙に書かれた討伐依頼を受け取る。恐ろしいランポスと対峙する事になる未来に恐怖や不安もあったがそれをぬぐい去る高揚感に胸が高鳴るのであった…。

もはん小話:狩猟の1 プロローグ~ココット村~

 …最初は憎らしさと嫉妬、それに大きな憧れだったり…。

 伝説のハンターが作った村と呼ばれるココット村でもちょっと珍しいクロオビ装備なんか着ちゃってさ、どこからかフラフラ~って現れたと思ったら行く先々に現れてはメルが依頼を受けてたランポスやドスランポスを簡単に狩っていっちゃうし。
 あの時だってそう、村中のハンター総出のクック騒ぎの時だってメルはちゃんと一人で狩れたんだよ。ちょっとこんがり肉とか回復薬とか切らして…血が止まんなくて、そう少しだけ休んでただけ。鬱蒼とした森の小道を抜けた先でクックの咆哮を聞いた時はちょっとだけ涙出ちゃったけど。
 突然にメルとクックの間に割り込んで来たと思ったら数発の麻痺弾で動きを止めると矢継ぎ早にたくさん貫通弾を打ち込んであのクックを事もなく狩ってたっけ。

 村に滞在してた数ヶ月、村でも森でも沼でも砂漠でもヒトの顔見ればさ~。
 「大事なのは攻撃する前より攻撃した後なんだけど」とか
 「攻撃と言うかただ振り回してるだけだね」とか
 「弾かれてるのは手元が狂ってるから」とか。
 たしかに今思えば未熟な上に無謀、雑な立ち振る舞いだったかもしれないけどさ。

 そう、旅立ちを決めた忘れもしないあの日、あの瞬間。
 「辺境のこの村で終わるだけのハンターなら貴方のそれでも大丈夫。装備が守ってくれるから。」
 なんて言い残して去ったハンターを追いかけてメルのモンスターハンターとしての旅は始まりました。