もはん小話:狩猟の12 討伐の資格~ココット村~
その情報は夕刻近くにブランカからもたらされた。この村に来る途中の森で数匹のランポスが出没していたという。それだけならばさほど珍しいことでもなく村に被害が出るようならばハンター達によってすぐに討伐されることであろう。しかしランポス達は集団でアプトノスを狩るとその場で食事をせず、哀れな食材と化したアプトノスをどこかに運んでいったというのである。
「…そのような時には決まって彼らの王、ドスランポスが近くに居るわね。」
ブランカはすぐに引き返すと言い、さらにこう付け加えた。
「そしてメルが追い掛けていったわ…たくさん怪我もしてると言うのにまったく困った人ね…。」
夕闇も近付き沈み行く夕日に照らされるココット村。ココット村の夕日の赤さは獣達の流した血の色だとも言われる。そんな業深き朱に染まりながらイザヨイは先ほど到着したミナガルデからの荷車を物色していた。麻痺弾を作る為の【ゲネポスの麻痺爪】がないか行商人に声を掛ける。砂漠が近ければ自分で取りにいくのだがココット村からは少し距離があるしインジェクションガンの改造も終わってはいない。放つボウガンが無ければその弾のみあっても意味がないというのは分かるのだが…。なんとなく落ち着かないイザヨイを見つけるとサンクとツゥが走り寄ってきた。
「いちこさ~ん。」
「いちこさん?」
イザヨイはオウム返しに聞き返した。サンクの言う「いちこさん」と言うのが自分の事だと気付くまでほんの数秒を要した。
「ああ、こんばんみ~。サンちゃんにツゥさんどしたの?」
「ドスが!ドスがでたッス!」
「ドス?ドスなに?」
数多くの獣が居るこの世界。なぜか分らないがドスなんちゃらという名前が多い。なにか危険な獣が出たと言うのはサンクの慌てぶりで分ったがドスだけでは何が出たかわからないのである。
「ドスラン(BO)スっスよ!!」
「…いやたぶんそれドスラン(PO)スじゃない?」
え?っと言うサンクと頷くツゥ。一瞬の空白がありサンクはドサリという音と共に両手を付いてうな垂れた。
「サンクタソ、ソンナこみかるむーどデモナカロウ?」
いつも冷静なツゥに突っ込みを入れられ我に返るサンクは慌てて話を続ける。
「そだったッス。ドスランポスが出たッスよ。これは感だけどたぶんに前にめるめるを襲ったアイツッス。んで誰かハンターがこの闇の中討伐に向かっていったらしいっスよ。…村長は言わなかったけどどうもそれめるめるじゃないかって思うッス。」
闇は獣達の支配する世界、これはどんなハンターでも常識中の常識である。一流のハンターであっても、いや一流であるからこそ間違いなく躊躇する闇の世界。進んでその世界に向かうものは闇さえも払う力を持つ超一流か三流以下それどころかハンターですらないものだけだ。
「…討伐依頼は出てるの?」
イザヨイはサンクに問い掛ける。サンクは頷く。依頼主はココット村長。
「依頼内容と条件は?」
「討伐時間は無制限。成功報酬は1000z。達成条件、ドスランポス1頭とその支配下のランポス全てを討伐せよ。先行したハンターの生死は…不問。」
ここでサンクは悔しげな表情を見せる。その理由は条件に満たない自らの不甲斐なさ。
「…特殊追加条件がひとつ。ハンターランク13以上のモノに限る。…以上っス。」
もはん小話:狩猟の11 白撃の射手~ココット村~
アプトノスに牽かれガタゴトと揺れる荷車。ミナガルデからの定期便、行き先はココット村。荷台にはたくさんの商品と沼地の途中から便乗する二人のハンター。一人は保護油布で巻かれた鉄刀【神楽】をしっかりと胸に抱きじっと進行方向を見つめるメル。ギリギリと歯軋りをしている。そんなメルを眺めるもう一人はガンナーだろう。ランポスでも魚竜でもないそれ以上に鮮やかな蒼鱗の火避けが目を引く巨大なボウガンの手入れしている。
「まったく…困った人ね、貴方も貴方のお姉さんも。」
たまたま愛用していたクイックキャストがナル製だと知ったのが2年前。それ以降、店のお得意様となったガンナーである。当然メルとも顔見知りで彼女が訪れる度に話す土産話もメルのハンターへの憧れを作った要因のひとつでもある。その名が示すように白い防武具をこよなく愛すガンナー、ブランカであった。
「あはは、助かったぁ。ブランカさん。…やっぱあのへんなのはちょっとだけ強いね。あはは。」
メルは単身洞窟に住まう異形の竜に挑み、当然の事ながら返り討ちにあっていた。メルにとってちょっとどころの強さではなかったはずだ。鼓膜を引き裂くような咆哮にその意思とは裏腹に手足は竦んだ。醜悪な口から吐き出されるその強力な電撃弾に意識を失いメルは文字通り頭から丸呑みにされかかっていた。運が良かったとしかいいようがない。そこをたまたま通りかかったブランカが救ったのだった。
ブランカが追い払った異形の竜、名はフルフルというがそんな名前すら知らないメルがボロボロのままでさらに追撃をすると言う。さすがに知った娘のそんな自殺行為を許す訳にはいかないという事でブランカはメルを無理矢理に連れてココット村行きの荷車に乗ったのだった。
「だいたい、メル?クックすら狩った事もない貴方がいきなりフルフルを狩ろうなんて無茶もいいとこね。無茶苦茶だわ。それにね、洞窟で大人しくして悪さしてる訳でもないでしょあの子。」
ブランカはまるで子供に言い聞かせるように話す。別にメルを子供扱いしているわけではない。相手が誰であろうと万事この調子なのだ。
「だって~電気袋が欲しくって。聞くとアイツの臓器にそれがあるって…だから貰っちゃおって思ったの。クスクス。」
「貰っちゃお…って。ああ、それ【斬破刀】にでもするつもりだったのね。そんな簡単には無理よ。困った人ね…。」
メルの【神楽】を指差しながらこの間メルに逢った時はいつだったかしら。ブランカは考える。考えれば考えるほど”こんなメル”には逢っていないような気がしていた。
「…ツヨイブキ…ホシイシ…。あ!そいえばナル姉も困ったちゃん?」
一瞬無表情になるメルだったがブランカはそれに気付かなかった。笑顔に戻るメルはブランカの「貴方も貴方のお姉さんも」と言った言葉を聞いているのだろう。
「このボウガンね。サイト調整がピーキー過ぎて使えないのよ。あとね、リロードも丁寧にやらないとすぐにジャムるから。」
ブランカは手元のボウガンを指差すと苦笑する。
「んん、ブランカさん試射してなかったっけ?」
「私はその…使えるんだけど私のじゃないのよ、コレ。…いや…その何て言うの?…今は私のになったちゃったんだけど。」
元々は仲間のガンナーが作成したいと言う【老山龍砲・皇】を腕のいい職人が居るからとブランカが素材を持ち込みナルが作ったものである。ナルは持ち込まれた素材と持ち込んだハンターに合わせて少しだけカスタマイズする。そしてブランカの試射に合わせて作ると何故かピーキーかつデリケートな作りになっていたのであった。当然仲間のガンナーにとっては無駄な調整でしかなくこんなボウガンは使えないとつき返されたのであった。使えない訳ではない、むしろ使いこなせば強力なボウガンである。ただ使いこなすのにはそれ相応の腕が居る。ブランカのように。
「…ならいいじゃん。」
メルはそう言いながら【生肉】を荷車で焼き始める。
「あら…そう、あら?…あら?いいのかしら?」
ココット村まであと半日。ブランカはそのおいしそうな香りを嗅ぎながらも首を傾げるのであった。
もはん小話:狩猟の10 いのちの重さ~ココット村~
やはり自分は貴族達には馴染めない。例え生まれが…だったとしても。それに火竜の卵なんて大味でマズいに違いないと思うし。何より見栄と欲望の吹き溜まりで「ワタクシ先日火竜の卵をいただきましたの。オホホ。」って言う為だけに…やがて生まれ来るはずの命を、時にはハンターの命まで引き換えにして得る価値をそこに見出すことなんて出来ないし、したくない。
そう思いながらも私達ハンターはそんな貴族達の為にせっせと火竜の卵を運ぶ。明日の糧を得る為に。ハンターは自らの命も含めた様々な命と引き換えに報酬を得る。そして貴族達は様々な報酬、例えば時には大金と、時には貴重な素材とを引き換えにしてつまらない見栄や空虚な名声を得る。
命の重さってどのくらい?ハンターである故の偽善とも思えるこんな気持ちを抱いて、そこに違いを探してみたってたいした違いなんてないのかもしれない。千差万別、お金持ち、貧しいヒト…そんな誰かの依頼と言う大義名分を作ってみても結局誰も彼も天秤に掛けた自分の命が一番重いだけ。もしこの卵が恨みの言葉を言えたとしたら運んだ私と頼んだ貴族、どちらにその言葉を投げかけるのだろうね。
「いや!ちがうんッス。めるめるは今でもちゃんとハンターなんッスよ。」
サンクは大きな火竜の卵を両手に抱えながらちょこちょこと小走りしつつ丘を駆ける。そして隣を行くイザヨイに向かって突然に昨晩の話題を続ける。相反する二つの思いに葛藤を抱いていたイザヨイはサンクの声の大きさに驚き一瞬卵を落としそうになる。しかし一度立ち止まって深呼吸し体勢を立て直す。昨晩あの酒場で意気投合した…サンクに無理矢理投合させられた感じでは有ったがその三人で今日はどういった訳か火竜の卵を運搬している。もし暇にしてるならとサンクがどこからか受領してきたクエストらしかった。
「ん~自分の考えを言わせて貰うならね…だって依頼もなくただ獲物を狩るなんて。自分の意志だけで他の生き物の命を奪うなんてハンターじゃなく、ただの殺戮者って思えるんよ。まあ本人知ってる訳じゃないからほんとのとこはわかんないけど。」
長くハンターを続けている今でも命を奪う事には抵抗がある。だからこそハンターは依頼と言う”言い訳”を準備して狩りに出るのだ。イザヨイはそう思っているからこそメルに興味を覚えてしまう。思う様に狩るだけの、それでもハンターであり続けているメルに。
「めるめるはその…その…すごく怖かったんだと思うッス。だから今はあ~だけどきっとまたそのうち元に戻るッスよ。」
「はんたート殺戮者ノチガイモサホド明確デハナイ罠。マァメルメルトヤラハ知ラナイガ、サンクタソヨ…期待ハモタナイホウガイイ。イチドきれルトコワイカラナ…ひとモ、けものモ。」
もう一人の同行者、バルセイト・コアを背負う女はツゥと名乗った。とは言えそれが本名かどうかも定かではなかったが。かなりの実力者である事は巨大なハンマーを背負ってもふら付かない足元の確かさやその博識な言動より明らかであったがノラリクラリと正体を見せない。しかしなぜかサンクの事が気に入ったらしく今日の卵運搬にも進んで付いてきたのである。
「ドチラニシテモイソイダホウガヨイナ、親竜ガスグソコマデキテル。」
ツゥは風に乗ってくるかすかな硫黄の臭い、巨大火竜の吐息を嗅ぎ分けていた。サンクはきょろきょろと辺りを見渡すと首を竦めて足を早めた。
「いつもすまんな、サンク。奥様もお喜びになるよ。ほら約束の【たまご券】。あんたと…そっちあんたにも。」
「助かったッス。いつもは一人で三往復なんスよ~。ありがと~っス。」
結局一度も武器を振るう事も無く約束の卵3個を納品した三人はそれぞれに報酬を受け取っていた。サンクにはある目的があり報酬はたまご券が良いとクライアントに言っていたらしい。他の二人についても報酬は現金ではなく擬人化された卵が描かれたチケットで支払われた。
単にサンクを手伝う気持ちだったので報酬には不満はない。むしろサンクの喜ぶさまがなによりの報酬である。ピラピラとそのたまご券を振り、イザヨイは自分の命だってこのチケット…そう、この紙切れ一枚くらいなんだよね、なんてぼんやり思いながらも浮かれて踊るサンクを見て、そしてツゥと顔を見合わせて笑った。
もはん小話:狩猟の9 皆殺しのメル~ココット村~
メルは一人思案に暮れていた。今日も武器強化の為に鉱石を求め、垂直に切り立った崖の途中にある採石場、とはいってもほんの小規模なものではあるが、そこに向かう途中でアプトノスの群れを見つけその全てを狩ったまでは良かったのだが。逃げまどうアプトノスを鉄刀【神楽】で背後からでも躊躇無く一撃の元に切り伏せ、その柔らかな肉が高値で取引されるという理由だけで生まれたばかりの幼体までも容赦なく狩った。その為メルのバックパックは小さな竜骨や生肉で一杯になっていた。思案の種は採石場で当初の目的でもあったマカライト鉱石が予想以上に掘れてしまったからだった。この状態ではその全てを持ち帰ることは難しい。しばらく考えたがメルはバックパックから竜骨や生肉を全て崖下に投棄することにした。それが一方的に命を奪って得たモノであるにも関らず。
「あ~あ、高く売れるんだけどなぁ。…でも青い空に舞う赤い肉ってシュール。」
落ちて行くアプトノス達の、その命の断片を見ながらもメルはクスクスと笑った。
メルはあの事件の後より村では少し特別な存在になっていた。狩りに出掛ければそれが誰かの仇であると言わんばかりに必ず獲物を仕留めてくるという事もあったが真の理由はそれだけではなかった。酒場でその話題に触れると皆は口を揃えて”皆殺しのメル”と彼女を蔑んだ。
当初は心無いモノが噂した「仲間を見捨てて一人で逃げた」事が”皆殺し”の通り名を付けた。もちろんそれは事実ではなかったが、しかしその噂が誤解と知れ渡った現在も彼女の通り名は変わることはなかった。同行した仲間を殺す訳ではなく目の前の獣、それが無抵抗であったとしても容赦無く全て狩る…自然と共存するハンターとしては禁忌とも呼ばれる無用な殺戮行為を繰り返し、その名のとおり”皆殺し”を行うからであった。
インジェクションガンの改造の間ココット村に滞在する事を決めていたイザヨイはナルの妹でもあるそのメルに興味を持った。その生き方があまりにもハンターらしくないメルがなぜハンターを続けているのか、ただ単純に好奇心が芽生えたから。ナルに聞けば近頃は家に居ても部屋から出る事はなくナルにもめったに顔を見せないらしい。まあその原因は実力に不釣合いな大剣を店より持ち出そうとしてナルに咎められたからだというが。
本当に何もない村である。数日は足しげくナルの店に通いボウガンの試射を行う傍らメルの帰宅を待っては見たものの一向にその気配はない。結局暇を持て余し村をブラつく事にしたイザヨイは少し早めの夕食を取ろうと小さな酒場に入ることにした。そこではハンター気取りの若者達が丁度メルの話題で盛り上がっていた。万能パインとレアオニオンのサラダ、ジャングルリブの猛牛バター炒め。それにパニーズ酒をグラスでオーダーしテーブルに腰掛けるイザヨイ。あえて聞き耳を立てずともその話は耳に入った。
「傷付いても武器を振るうのを止めないってさ。薬草あるだけ使いきっても一歩も引かないらしいしな。あんな戦い方してればいつか自分自身も含めた”皆殺し”さ。」
「仲間を見殺しってのもあながち嘘じゃないかもな。あの女の前に立ってて思いっきし”切り上げ”られて吹っ飛ばされた奴もいるらしい。」
「一匹のランポスから相当な数の素材を取るって話だぜ。そりゃ後にはな~んにも残んないわな。くけけ。あんな女と間違いでも犯せばケツの毛まで毟られちまわぁ。」
乱戦の中、大剣使いが仲間を切り上げるってのは良くある話だとはしても男たちの”らしい”口調からそれらはどうにも噂の域は出てないらしく少し誇張もあるのかなとイザヨイは思った。良くある話であったがヒトは区別をしたがる生き物なのである。ヒトと違う生き方をするだけでそれがいけない事のように囃子立てるヒトのなんと多いことか。メルの噂話をなにげに聞いていたイザヨイはいつのまにかまた自らの過去の出来事を思い出している自分に気付き苦笑した。
「何を笑ってやがる?よそ者が聞き耳を立ててんじゃねぇ。」
単に苦笑いをしていただけのイザヨイ、ましてや独り言ならぬ独り笑いだったのだが酔っ払った若者がそれを見るやいなやイザヨイに絡む。ナルが言ってた「血の気の多い奴ばっかり」という言葉を思い出しあながち冗談ではなかったのかとイザヨイはつい笑みを漏らしてしまった。その可憐な少女の笑みを不幸な事に挑発としか取れなかった若者はいきり立つとその口調とは裏腹によれよれとした足取りでイザヨイに殴りかかろうとした。しかしそのコブシはイザヨイに到達する事はなく突然横合いから飛び出してきたほぼ全裸の少女に吹っ飛ばされると柱に頭をぶつけて気絶した。
「にぃちゃん足腰弱いッスね。ヒトの悪口言ってる間に修行するッスよ。」
飛び出してきた少女サンクは独特の訛り口調で他の若者達を挑発する。噂話を聞いていたのはイザヨイだけではなくサンクも同様で友人を悪く言う若者にいつ殴りかかってやろうかと機会を伺っていたのだった。
「馬鹿サンク!てめぇ今日はクリオ…さん…は居ないぜ!今日こそ返り討ちにしてやる!」
「おおぅやるッスか?普通のガチなら一人でも負けないッスよ。」
たぶん何度もこのような衝突があったのだろう。やれやれといった雰囲気のイザヨイも必要かどうかは別としても助けてくれたサンクに対して知らぬ顔は出来ない。ゆっくりと立ち上がるとステップを踏み始める。一触即発の酒場の緊張感は極限にまで達していた。
「マァ熱クナルナ、若者。ソノ裸娘ハトモカク…ソッチノ【訓練所】アガリトヤッテモ勝目ハ…マァナイナ。」
大きなハンマーを背負った異国のハンマー使い、カタコト交じりの言葉で本人はムロフシと呼べと言うだろうが。その女が間に割って入った。数日前よりココット村に滞在する流れのハンターで何でも伝説の一角獣モノブロスを探していると言う。彼女だけはイザヨイの着るクロオビシリーズの意味。入ることは誰でも出来るが無事に出ることが出来るのはごく一部。どんな武具もアイテムも使いこなすことが出来る超一流のハンターのみだけと言われる訓練所の、その卒業の証という事を知っているようであった。
クロオビシリーズについて知らなくとも訓練所の存在はハンターならば知らないはずはない。信じられないと言った表情であったがこの状況にあっても静かに微笑みを絶やさない少女の余裕に納得するほかになかった。「この馬鹿サンク!次はギトギトにノしてやるからな!」とベタな捨て台詞を残して若者達は酒場を出て行った。
もはん小話:狩猟の8 蟲銃の少女~ココット村~
初夏の日差しが心地よい季節。繁殖期を終えたアプトノスなど、食用獣の全面狩猟解禁も近い。辺境の小さな村にも様々な素材を求める行商人達が顔を出し始めると本格的な狩りの季節である。
そんな季節を迎えるココット村の外れにある一軒の木造家屋。元々は親を無くした幼い姉妹が住んでいた住居であったが、数年前に自立していた姉の帰村とともにその一部を改装し小さいながらも武器屋を営んでいた。
いくらハンター達が多く住まうココット村にあるとはいえさすがにこの辺境の地では繁盛しているとはお世辞でもいえない経営状態である。しかし若き店主ナル=フェインが一人で受注から製造までを請け負うその仕事振りに依頼は絶えず、そして少数ながら遠方よりの受注も入ると言う。特にボウガンの強化、調整に置いて精度が高く一部のハンター達はわざわざこの店を訪れては依頼をしていくらしい。今日もそんなモノ好きな少女がその店を訪れていた。
「良い村ですね。皆に活気があって、なによりもハンターが多い。やぱしあの”ココットの英雄”の村でもあるから…かな?」
訪れた少女は麗しき深窓の令嬢といったところか。見た目が…という訳ではない。実際その少女はクロオビシリーズと呼ばれる辺境では、いや辺境で無くてもちょっとお目にかかる事が出来ない珍しい鎧を全身に纏い、一目でハンターである事が見て取れるのだから。
しかし何故かその柔らかな物腰がどこかそうイメージさせるのである。店主はこの少女と昔からの顔馴染みでもありそんな事を言えばきっと吹き出してしまうであろう。
「ハンターが多いのは他にやる仕事がないからさね。それにハンターとは名ばかり、たんに血の気の多い奴ばっかりさ。」
店主のナルは少女が持ち込んだインジェクションガン。巨大昆虫の甲殻や稀に採取出来ると言うドラグライト鉱石をふんだんに使ったヘヴィボウガンを眺めながらそう答えた。
「需要があるから供給も…ですよ、首都なんかに居ると野生の飛竜はおろかハンターにもなかなか出会うことはないですよ。ここにはまだまだ私達のようなものを必要とする仕事ありそうだし。」
「そうかい。」とナルは相槌を打つと少女のボウガンを二つ折りにして作業台の上に置く。そしてエプロンのポケットからファンゴの皮を薄く叩いて延ばした豚皮紙の伝票を取り出すとランゴスタの羽ペンを走らせ見積もりを取る。
「…んでコイツは限界値レベル5への改造でいいんだね?」
少女が首をこくんと傾けるのを確認するとナルは豚皮紙の見積もりをぽんとカウンターに置いた。どれどれと覗き込む少女にナルが質問をする。
「んじゃしばらく預からしてもらうさね。…時にイザヨイ。このボウガンが作られた経緯を知ってるのかい?」
イザヨイと呼ばれた少女は少し間を置いて「もちろん。」と頷く。
「滅龍弾運用実験の為の試作ボウガン。今回のはその為の強化でもあります。まあ私的には麻痺弾の使い勝手が良いってのが一番の選択理由なんですけど。」
ナルは怪訝な表情をしながらもう一つだけ質問をする。
「ふん…。ということはまたアレが近付いてる…さね?」
「ええ、その通りです。私の住むミナガルデに…。」
イザヨイは神妙な表情をしながら言葉を詰まらせる、そしてかすかに震えながら口を開いた。
「ところで、教か…いやナルさん…これ…。」
イザヨイが震えながら指差す先を見るナル。そこには先ほどナル自身が見積もり金額を記入した豚皮紙があった。
「これ…もう少しまかりませんか?」
ナルはフンと不敵に鼻を鳴らすと「惜しいさね、明日だったら半額の日だったんだけどねぇ。」と笑った。
もはん小話:狩猟の7 哀しみの変質~ココット村~
結局クリオはサンクと別れ単身ジャングルへと向かった。ドスランポスがココットの森に現れた事は問題であるし、しかも手負いの上に人の味を覚えてる。早急な討伐が必要になってくるはずだ。とにかく村長に知らせたほうがいいだろう。しかし先立って請けている依頼を反故にする事はしたくない、なによりジャングルにも困っているクライアントがいる事には変わりないのだ。自分とサンク、どちらがジャングルに向かい、そして残ったほうが村に戻る。現状では村に戻る事も危険がないとは言えないがジャングルでの討伐がそれ以上に危険な事は火を見るより明らかだ。共に戻る事も選択肢の一つではあったがそれはサンクをハンターとして認めていない事になる。クリオはそう判断しサンクとメルの二人で村へ戻るよう指示したのであった。
「めるめる、ほんとにダイジョブッスか?」
まるでハンターとしての距離を比喩しているように遠くにあるクリオの背を見送りながらサンクはメルに声を掛けた。流石にこの惨状である。参っていないはずがない。幼い頃より優しく、でも少し気弱な友人が本当に心配であった。
「ん?…大丈夫だよ。大きな怪我なんてしてないし。」
サンクの心配を他所にメルは無邪気でまるで何事も無かったかのようにクスクスと笑った。たしかに以前より見知った笑顔である。そしてたしかにその笑顔は屈託が無くとても平気そうに見える。だけど…強がりにしろめるめるはこんな場所で笑えたッスか。サンクは妙な違和感を感じずにはいられなかった。
哀れなハンターを丁重に弔った後、装備を纏めて村へと向かうサンクとメル。ふと振り向いたサンクは血に塗れたボーンククリが置き去りにされている事に気付く。確かあれはメルのものであるはず。ハンターになった時に実の姉の店から購入し大切にそして嬉しそうに磨き上げていたシーンを何度も見ている。メルはやはり混乱しているに違いない。
「めるめる、忘れ物してるッスよ。」
サンクはボーンククリを拾いに戻ろうと踏み出した。しかしメルは無表情で冷たく言い放った。
「…あんな弱い武器要らないよ。」
その瞬間のメルの目を見たサンクの違和感は実感となり背筋が凍りついた。ハンターとしてそれ以前にヒトとしてもまだ未成熟なサンクにはどうすることも出来なかった。全幅の信頼を寄せ尊敬しているクリオがここに居てくれたなら今のこの状況をどう打開するだろうか。ドスランポスとの遭遇によりどこか変わってしまったメルに対して。
無言の帰路を経て数時間後、村に戻った二人はドスランポスの事を村長に報告し今後の対応を待った。すぐに討伐依頼書が作成され腕に自信のあるハンター達が討伐に向かう事になった。しかしサンクやメルのような駆け出しハンターは村を守るとの名目でしばらく村から離れる事が許されなかった。しかしながら結局あのドスランポスは人前に姿を見せることはなかった。村人達がドスランポスの脅威を忘れるのに半月、そしてさらに半年が過ぎた。
もはん小話:狩猟の6 朝靄の狙撃~ココット村~
水平に放てば重力に引かれて遠くまで届かない。そんな時どうするか?
「簡単なことだ。すこ~しだけ上に向けて放つ。」
言うのは容易いがたったそれだけの事でこんな風に簡単に獲物に命中するものだろうか?この長距離かつあの体躯に対しての比率で言えば極々小さな標的の目玉だけを狙って。
谷回りの道は平坦だがそれだけ距離も長い。ハンター達は少し危険であるが距離の短い森を通過する事が多い。いつからかそこが「抜け道の森」と呼ばれる細道にしゃがみ込む女と少女の二人組。共にボウガンを背負っているので一目で二人はハンターだと分かる。さらに詳しいものであれば彼女らの事はガンナーと呼ぶであろう。大量発生した巨大昆虫討伐の為、早起きをしてジャングルへ向かう途中であった。
「先輩、あれなんスか?」
ろくな防具も付けておらずほとんど裸の少女はその名をサンクと言う。古びたアルパレストを背負っているが肩にかける留めベルトの持て余しぶりを見る限りとてもベテランには見えない。訛りのある独特な言葉を喋るのは元々ココット村で育った訳ではないかららしい。
「…なんだと思うか?」
先輩と呼ばれた女はボソボソと答える。凶暴な獣を前にしてお喋りをする事は余り好ましく思わないが黙ったままにするとサンクはさらに大声を上げかねない。もう一人の女はクリオ。漆黒の鎧を全身に纏い注意深く視界の先に目を凝らした。その背には真っ白なヘヴィボウガン、そしてその射出口にはなにかの白いたてがみが風に揺れていた。ちょっとしたハンターの集まる街であればきっと羨望や嫉妬の的になることは間違いない装備品の数々であるが同行するサンクにはその価値すら分かってはいないようであった。
「自分、目はいいっスから見えるッス。なんか蒼デカいトカゲッス。」
「…目だけはだろ?」
ヒドィッス…と言いかけたサンクの口を左手で制するとクリオはその違和感に気付く。何か咥えてるようにも見える。まさか…。普段であれば迂回するなりしてやり過ごす状況であるがクリオはゆっくりと背中のボウガンを展開する。そして取り付けられたスコープを覗き込むと一瞬だけ頭に血が上るのを感じたが静かに息を吐くと呼吸を整えた。
サンクに蒼いトカゲと称されたのは昨晩メルを襲ったドスランポスであった。付近に散乱する赤い固まりと鎧。転がるボーンククリが全ての状況を物語っていた。
「先輩、この距離からだと無理ッス。届かないと思うし。それに当たっても弾かれるッスよ。」
ガチャリと貫通弾をチェンバーに押し込みながらクリオはサンクに言う。
「やっぱサンクお前、目だけは良いな。たしかに有効射程からは外れてるよ。」
「ならもっと前に出て…。」
「お前なぁ…やっぱボウガンやめて大剣にしろ。それならご希望通り、いつでも密着して戦えるぞ。それになぜここで止まったか分かってない時点でガンナーとしては失格だ。これ以上前に出て奴に気付かれてどうする?」
クリオはスコープを覗き込み、森を抜ける風を読みながら狙いを定めていく。
「でもこっからどうやって…。」
クリオはターゲットクロスをドスランポスの上方へ、ゆっくりとその射軸を上方へとずらしながらニヤリと笑った。
「サンク!追うな!」
クリオの放った貫通弾は綺麗な放物線を描くと迷うことなくドスランポスの左眼に命中した。至近距離であれば貫通による多段ヒットが期待できる弾丸ではあるがこの超長距離からでは柔らかな眼球を撃ち破る程度の威力しかない。しかしそれで十分だった。突然の激しい痛みに逃走を始めるドスランポス。ガンナーである事を忘れすぐに後を追いかけようとするサンクを嗜めながらクリオはヘヴィボウガンをたたむと背中に背負い直した。
「追い詰めると突然襲ってくることもある、それに今日の獲物は奴じゃない。」
ドスランポスの去った後は壮絶なものであった。ヒトいやハンターであったらしきモノは男であるのか女であるのかそれすら分からないほど破壊されており一体何人の死体であるのかすら想像がつかない。サンクは寝坊して朝飯を抜いた事を今は少しだけ感謝した。
「うぐっヒドイ状態ッスよココ…。あいつ…。」
サンクはそのヒトだったモノに同情し逃げたドスランポスに怒りを覚えた。
「…ドスランポスはランポス達を呼ぶ。…一度村長に報告に戻るか?」
クリオは腕を抱えて巨大昆虫とランポスの群れ…どちらが緊急を要するかを整理する。その時サンクが横穴の奥に横たわる少女を見つけ大声を張り上げた。
「先輩!誰か倒れてる…ん…めるめる???」
元々意識はあったのだろうか。聞き覚えのあるその声に反応しメルはゆっくりと起き上がるとどこか虚ろな眼差しで無邪気に微笑んだ…。
もはん小話:狩猟の5 狂気の一夜~ココット村~
対等、もしくはそれ以上の力を持った時ヒトはハンターとなりうる。それは鍛えた鋼の刃であったり優れた知恵や知識であったりそして経験であったり。男の唯一の対抗手段である刃も既に欠け、知恵も知識も経験も無い男はもはやハンターでは無く狩られる側、一方的に搾取されるだけのただの獲物でしかなかった。
「クソッ!クソッ!!クソゥ!!!」
男は冷静さを欠き、口汚く喚き散らしてはボーンククリをただ闇雲に振り回していただけだった。稀に命中はするものの硬い鱗に弾かれるばかりで掠り傷はおろか全くダメージを与えることは出来ていないようであった。男はほんの数時間前の事を思い出していた。仲間達とランポスの群れを見つけ討伐した事。山のように剥ぎ取った素材を持ち帰るようにした結果、手荷物の中の【砥石】を捨てた事。その帰りにドスランポスに見つかった事。無駄にランポスを狩りその血液や油でまったく切れなくなった鉄刀【楔】を、そして傷付いた仲間を一緒に見捨てた事…。
対峙してからしばらくは男の振り回すモノを警戒して様子を伺っていたドスランポスであったが勝利を確信したのか甲高く一声鳴くとグッと身を沈めてしばし動きを止めた。
「何をボーッと見てやがる!メェルフェインッ!俺を…ハンター仲間を見殺しか!」
男は視界の隅にメルの姿を捉えると大声を張り上げた。その言葉はメルを罵ってはいるが確かにメルに助けを求めていた。何を勝手な事を…とメルが思ったその瞬間、ドスランポスが大きく跳躍し一瞬で男との距離を詰める。そしてその凶悪な牙で男の腕をボーンククリごと噛み千切った。男の絶叫と共にその腕から吹き出る鮮血がスローモーションで舞う中さらに男の右足、左腿とを噛み千切るドスランポス。圧倒的優位、一撃で仕留める事も出来たはずである。しかしドスランポスは致命傷を避けるように男を文字通り解体していった。その恐ろしい光景にメルは思わず後退りすると足元に在った小石に躓き尻餅を付く。強かに臀部を打ち上げたが、しかしその視線をドスランポスからは離す事が出来なかった。
「…狩りを楽しんでる…。」
メルは身震いがした。ただの獣、知性のかけらも無くただ本能に従い行動する生き物とばかり思っていたドスランポスが圧倒的優位に立ち、そして明らかに男の恐怖や苦痛を楽しんでる。さらに思考は混乱を極めた。男は苦痛で蠢く以外に出来ることはない。しかしドスランポスは留めをさそうとはせず男の体をその大きな脚で踏みつけると男の体の一部であった肉片を、骨を聞こえよがしに音を立てながら咀嚼する。グルンと首をもたげもう一匹の獲物メルを視界に捕らえるとキィキィと鳴く。メルにはその声が不気味に笑っているように聞こえた。
『ジジジ…ジジジ…』
後ろ手についたメルの右手の下で何かが蠢いていた。メルは咄嗟に右手に掴むとそれは森に潜む蟲であった。無意識に近かったがメルは思い切りそれを握りつぶす。その瞬間すっかり暗闇になってしまった森の中が一瞬だけ昼間になったように閃光が煌いたのであった。メルが握りつぶしたのは【光蟲】、この蟲は絶命時に強烈な閃光を放つのが特徴で素材玉に封じて置くと【閃光玉】として使用出来るので上級ハンターの携行品として準備される事が多かった。使用法こそ違えど光蟲の命と引換に放った強烈な閃光は凶悪なドスランポスの目を焼いたのである。
突然視界を奪われたドスランポスは前後不覚となり行動不能になる。その隙を突いてメルはヒトが屈んでやっと入れる小さな横穴に潜り込んだ。咄嗟に入り込んだ横穴は以前森を散策していた時に見つけた場所だった。奥は行き止まりで普段は釣りをしたり蟲を捕まえたりする楽しい場所だが今日はここが自分の墓穴のようにも感じた。
しばらくするとあのドスランポスが横穴の入り口までやってきた。キィキィと耳障りな鳴き声を上げながらその穴から入り込もうとするが横穴に対してドスランポスの頭はさすがにサイズが大きすぎる。何度かくリ返していたがやっと諦めたのだろうか。森はまた静寂を取り戻したように思えた。
とりあえず夜が明けるまではここから動かないほうがいいと判断したメルはここで野営をすることに決めた。たぶん眠ることは出来ないだろうが体だけは休めておいたほうがいい。そう思った矢先に横穴の出口付近、うっすらとしか見えないそこでドサリという大きな音と男の呻き声が聞こえた。そして時折何かを引き裂く音と男の悲鳴が響く。その声もだんだんと小さくはなりつつあったが嫌な咀嚼音だけは一晩中静かな森に響いていた。
嫌だ。イヤダ。嫌だ。イヤダ。イヤダ。怖い。コワイ。怖い。コワイ。コワイ。コワイ…その夜、メルの思考は最悪の事態へと廻り続ける。ここから逃げなきゃ。ニゲレルトオモウノ。死にたくない。イキノコルシュダンガアルノ。あのヒト助けなきゃ。イキテルトオモウノ。何か武器を探さなきゃ。ドコニアルノ。強い武器を。ツヨイブキヲ…ツヨイブキヲツヨイブキヲ…ツヨイブキヲ!!!!…。
もはん小話:狩猟の4 勝利の余韻~ココット村~
メルはベースキャンプに戻る途中、鎧のまま川に入るとこびり付いた血や体液を洗い流す。もちろん偽装の為に塗りつけたモンスターの糞も。少し強く擦り過ぎたのか塞がっていた傷口が開いてしまいまた少し血が流れた。ケルピのなめし革から作ったナップサックから飲み水用の水筒を取り出し傷口を洗う。そして川辺の草むらから薬草を見つけ出すと必要な分だけ採集した。すり鉢があればいいのだが生憎ここにはない。メルは一度口に含み唾液とよく噛み合わせてからその汁を腕や太ももの擦り傷に塗る。少し大きな爪傷には葉っぱの部分を湿布のように貼り付け包帯を巻いた。
大人しい草食獣アプトノス達が食事をしているのを眺めながらメルは懐から1枚の蒼鱗を取り出した。初めてメルがハンターとして自らの手により剥ぎ取ったランポスの鱗であった。一匹のランポスからは上手く剥ぎ取ればもっと多くの鱗や牙、それに皮など入手することが可能だ。しかしメルが下手だった訳ではない。多くのハンターは戦った相手に敬意を賞し感謝を持ってその素材をごく一部だけ剥ぎ取るのである。
強きものが弱きものを淘汰していけばいつかはその強きものも淘汰される。一つの個体だけでは生きていけないのだ。そうならない為にも無駄に狩らず必要な分だけ狩る。同様に狩った獲物を全て持ち帰るのではなく必要最小限以外は自然に帰すのである。死肉は他の生き物の栄養に、骨は大地を育てる肥料に、そのようにしてまた連鎖の輪の中に戻す。自然と共に生きるハンターがゆえの約束事のようなものであった。
「ヒトがその連鎖の一部になる事もありうるんだよね…。」
メルは先ほどの戦いを思い出しながらそう呟く。改めてハンターの怖さが身に染みてくると麻痺していた恐怖が蘇るのであった。
その時アプトノス達が何かに怯えるようにいっせいに駆け出した。その原因はどうやらガチャガチャと鎧を鳴らし一人の男が必死の形相で駆けて来たせいのようだ。そのいでたちからハンターである事は見て取れたが武装はしていないようだった。
「あ…。」
メルは気付く。いつもメルの事を馬鹿するあの男だ。しかし今日は仲間達の姿は見えないしそれに酷く慌てている。一体何があったのだろうか。
男はメルに気付くとズカズカと近付いてくる。そして置いてあったメルのボーンククリを勝手に装備するとキョロキョロと辺りを見渡した。モンスターハンターの命とも言える装備品を勝手に触るどころか自分の物とする。さすがにこの暴挙にはメルも怒りが込み上げてきた。それにランポスを討伐した今はメルもこの男にバカにされるいわれはないのである。
「何するの、返して!」
「五月蝿い!こんなチンケな武器俺だって願い下げだ!!」
願い下げ…頼んでも居ないのに何故勝手に?と思ったが余りの剣幕に一瞬たじろぐ。一体この男は何をしているのだろう。メルにはまったく理解不能であった。
「とりあえず俺は行く。お前もここを早く離れたほうがいいかもな。」
男はそのまま走り去ろうとする。やはり理解不能であったがメルのボーンククリは男の腰に装備されたままだ。メルはナップサックを背負うととにかくその男の後を追った。
「ついてない…俺はついてない!クソッ!ボーンククリだと?冗談じゃない!!」
男は大声を上げ何かに怯えるように森の中に立ち竦んでいた。男よりも軽装なメルはすぐに追い付いたが何か違和感を感じ少し離れた場所で立ち止まる。夕刻も近く日は翳り始めている。昼間でも鬱蒼と茂った大木が影を落とすその場所はほとんど暗闇に近かった。何か叫びながらもじわじわと後退を始めた男のすぐ向こう側になにか居る!
「…ドスランポス!!」
いつか読んだ本に載っていたランポス達の王。ランポスよりも二周りほど巨大でそしてなによりも目に付いたその真っ赤な鶏冠が鮮血…死をイメージをさせた。
もはん小話:狩猟の3 ランポス討伐~ココット村~
蔽い茂る草木に遮られ昼なお暗き森の中。メルは一人茂みの中で身を潜めていた。遠くに聞こえる獣の甲高い叫び声は少しずつ近付いてきている。張り詰めた緊張感はどくんどくんと鼓動を早め自らの体内に響くその音色はさらなる緊張感を招き次第に息が詰まりそうになる。
大丈夫、風向きは先ほどここで待ち伏せようと決めた時より変わっていない。こちら側が風下で臭いは届かない、それに不本意ながらも塗りつけたモンスターの糞はヒトの臭いを完全に消し去ってくれてるはず。
「そうでないとこの行為、まるで変態じゃない…。」
メルは一人呟くと自分の体なのに思うように制御出来ない脈動を呪う。そして鼓動が少しでも静まるようにと静かに息を吐いた。100mほど先の少し開けた広場にそれが姿を表したのはメルが身を潜めてから数分後、瑞々しい果実で水分を補給しカラカラに乾いた喉を潤したその直後だった。
蒼い鱗と鋭い爪をもつ獣、竜盤目鳥脚亜目走竜下目ランポス科ランポス、その優れた環境適用力を表すように世界の至る場所に生息するランポスはハンターだけでなく一般の民にも知名度は高い。小型の肉食モンスターではもっともポピュラーであろう。しかし小型とは言えメルと比較するとかなり大きい。高さは2mに満たない程度だが驚くべきはその全長である。頭から尻尾の先までは5m強はありランポスをよく知るものでもその長さは意外に感じるのではないだろうか。
メルも動いているランポスを遠く離れた場所から確認した事はあった。しかしこっそりとは言え鼻の先に位置しこうしてまのあたりにして見ると予想以上の大きさに驚き、その鋭い牙や爪に恐怖を感じた。
一時的に落ち着いていた鼓動はさらに加速しすぐにでもこの茂みから飛び出し逃げ出したい衝動に駆られるがまがりなりにもモンスターハンターである。たった一匹のランポス相手に逃げは打てない。そのプライドがギリギリでメルを踏み留めさせた。
依頼書の記載どおり群れから逸れたランポスというのは本当らしい。そうでない限り集団で行動し集団で狩りをするランポスがこのように単独行動をしているのは稀だ。そう…たった一匹だ、倒せる。メルは改めて自分に言い聞かせると覚悟を決めた。
ランポスが無警戒のままメルの潜んでいる茂みの横を通過する。タイミングを見計らってメルは腰に収めていたボーンククリを引き抜くと同時に上段から自重を乗せ斬りかかった。
『キィー!!!キィー!!』
完全に虚を突いたはずのランポスがくるりと顔を向けると耳障りな雄たけびを上げメルを威嚇する。素早い動きでメルのボーンククリの一撃を後ろに大きく跳ねながらかわすと醜悪な口を大きく開き肉食獣らしく涎を撒き散らしながらさらにもう一度威嚇する。メルの体勢が崩れたと見るやすかさず大きくジャンプしながらランポスはメルに飛び掛る。
奇襲に失敗したメルは完全にパニックに陥っていたが首筋を狙っていたランポスの鋭い爪を何とか盾で弾く。弾くと言えば聞こえはいいがたまたま前に突き出した盾のところに攻撃が来ただけ。ランポスはその闘争本能に任せて噛み付き、メルは冷静さを欠いたまま押し込んでくるランポスにただでたらめに剣を振るい続けた。メルのボーンククリがランポスの蒼い鱗に縦や横の赤いラインを引くたびにメルの体のどこかしらかにランポスの爪や牙が食い込む。数分の間、双方傷付けあいながら同じように消耗していった。
「いいかげんに!」
血塗れのメルは満身創痍であったが次第に闘争心が恐怖心を押さえ込んでいく事に気付く。気付きは余裕と言う新しい力を生み、迷いを無くす。次第に状況が見えきた。目の前にはランボスの頭が無防備にも晒されている。メルは渾身の力を込め、既に刃こぼれしているボーンククリをランポスの額目掛けて思い切り叩き込んだ。
「倒れろ!!!」
もはや斬るというよりも力任せに叩きつけた一撃ではあったがその一撃はランポスの頭蓋を割った。ランポスは脳漿を撒き散らし絶命の叫びを上げる。メルも力尽き縺れ合うようにそのままゴロリと転がったが、ランポスは既に事切れている。メルはゆっくりと体を起こしそのまま腰を抜かしたようにペタンと座り込む。そして痙攣するランポスをぼんやりと眺めていた。頭の中は真っ白になり思考は完全に停止していたが、動かなくなったランポスを見て、ただ「生き残れた」事だけを実感していた。