もはん小話:狩猟の16 怯える獣〜ココット村〜

 睨み合ったまま動かないメルとイザヨイ。樹木の隙間を通り抜けた月明かりだけがスポットライトのように二人を照らしていた。夜行性の羽蟲がゆっくりと二人の間を横切る。二人は目だけで羽蟲を追うと羽蟲はその二つの視線を避けるように闇に消え去った。二人同時に視線を戻すと同時に目が合う。妙に可笑しくなりどちらからとも無く声を出して笑った。ひとしきり笑うと緊張の解けたメルがイザヨイに言う。
「イザヨイって言ったっけ?…ん~いっちゃんでいいや。ともかくメルはこの森で一番強い獣になりたいんだから邪魔だけはしないで。」
 メルは案外本気で言ってるのかもしれない。いろいろと反目する想いはあった。しかしイザヨイはその姿勢を正そうとする事は止めた。自分もまだ修行中の身であり迷いながら生きている。それにいろんな生き方があって然り。そういうハンターが居ても面白いかも知れないと思ったから。
「好きにすればいいけど…。目の前の獣さんなら容易く狩れちゃうね。この森で一番弱いらしいヒト、私みたいなハンターでも。てか…悪さする前にいっそ今のうちに狩っちゃおかなぁ?」
 イザヨイは冗談を言いながら腰の片手剣をポンポンと叩いた。ニヤニヤと笑っていたメルがその片手剣、ボーンククリを見て突然無表情になる。
「…そんなの持ってたら死んじゃう…やだやだ…やだ…。」
 メルの声は小さくイザヨイは良く聞き取れなかった。何?と聞き返そうとするイザヨイ。メルはビクビクと辺りを見回すとイザヨイの手を引きいきなり駆け出す。
「ちょ…ちょっと待って!何?突然?」
「いいから!早く!あそこに入らないと殺されちゃう!」
 メルの指差す先は通り抜けの森の奥、ドスランポスに追い込まれたあの横穴であった。

 月明かりに照らされるどこか静か過ぎる丘にブランカは一人立っていた。メルを探しに森に入ったはいいがそこでは森の盗賊、猫獣人メラルーに装備品を盗まれそうになりすぐに取り返したものの、代わりに貴重な時間を取らてしまった。そのせいでメルの足取りを見失っていた。見つけたものと言えばランポスの亡骸数体のみ。足跡やランポスの切断面から少なくとも二人以上のハンターがその亡骸を作ったと思われる。大剣での袈裟斬りと思われるランポスもあったが目的のメルは単独で行動しているはず。しばらく考えてどこかで何かの動きがあれば森の動物がざわめく、そう判断したブランカは森が一望出来る小高い丘に来たのである。
 青い月明かりでさらに蒼く光る【老山龍砲・皇】を展開しその望遠スコープを覗き込む。月明かりもあって視界は予想より遥かに良かった。しばらくスコープの倍率を変えながら周囲を見渡したが森は静かなまま、むしろ静かすぎるくらいだった。さすがに一人で探し物をするにはここは広すぎる。メルの足取りくらいはすぐに掴めると思っていたのだが。
「ちょっと私も軽率だったかしら?困ったヒト…は私ね。」
 ブランカは森に駆けて行ったメルにペイント弾の一発でも当ててればよかったかしら?と苦笑いした。
 その時丘の入り口で何かが動いた。ブランカはスッと目を細めると静かに息を潜める。丘の入り口は切り立った岩石で囲まれていてちょうど影になっていて良く見えない。少し距離もあったのでちょっとした油断もあったのかもしれない。スコープを覗き込んだ瞬間、その影は想像以上のスピードで視界から消えた。
「やばい!」
 ブランカは肉眼で確認しようと顔を上げたそこには…バルセイト・コアを構えたツゥが立っていた。
「…ン。じみータンカ?ドウシテコンナトコニイル?」
 結局イザヨイの後を追う事にしたツゥは単身ブランカと同様のルートを辿りここに来たという。
「ジミーって呼ばないで。それよりツゥさん?貴方こそ近頃【山猫亭】で顔見ないと思ったらこんなとこで何を?」
 二人はミナガルデにある酒場の常連同士でありお互いに意外な場所で意外な人物に会った事を驚いていた。

「…ということはそのイザヨイって子とメルが合流してる可能性はあるって事ね。」
「ソウダナ。テコトハ…アノとかげハフタリデヤッタ罠?」
 そう考えるのが妥当ね、ブランカはそう言うと立ち上がる。サシミウオを丸かじりするツゥも後に続こうとする。ふと森のほうを見るブランカは鳥達の羽ばたく姿を目にする。そして静かだった森に耳障りな叫び声が響いた。

もはん小話:狩猟の15 ハンターとケモノ~ココット村~

 先に行くメルを追いかけてちょうど身の丈ほどの段差に飛び上がり手を掛けるイザヨイ。グイと体を持ち上げるとその上に乗る。その先には他からは死角となるちょっとした空間があった。樹木の連なりや迫り出してくる岩盤の状況。それらの偶然が重なる自然が作った避難場所とも言える場所である。さすがに飛竜の放つ火球であれば密室状態なだけにその熱気に焼かれるかもしれない。しかしランポス程度であれば十分にその効果を発揮出来ると思われた。そこでメルは大きな蜂の巣を見つけるとその下をゴソゴソと探った。
「…回復薬はちょっと苦いからぁ。」
 メルはイザヨイに渡された回復薬に採ったばかりのハチミツを垂らすと一気に飲み干した。メルはその効果を知らない。その言葉の通り単に味付けをしただけだった。
 ハチミツの甘味はすぐにエネルギーに変わる。その速攻性、薬草との相乗効果もあって通常の回復薬よりも体力の回復が良い事は知られる話である。効果を知るイザヨイも同じようにハチミツを採集するとポーチから回復薬を取り出し混ぜ合わせる。気取ったハンターなら混ぜるとは言わず調合すると言うだろうがほんとに混ぜるだけである。それで回復薬グレートと呼ばれる薬が一つ出来る。ただしイザヨイはメルのように飲むことはせずまた腰のポーチに仕舞い込んだが…。
「ん、調合レシピは知ってるんだ。君みたいでもいちおハンターって訳だね?」
 イザヨイは一つ勘違いをしながらもメルを挑発するような言葉を投げかけた。喧嘩を売るつもりはなかったが勝目のない戦いに臨んでいたメルになぜかイラついていた。
「ハンター…どうだろ?メルってばハンターに見えた?」
 メルはクスクスと笑いながらイザヨイを見る。イザヨイは意外な返答に一瞬戸惑った。
「メルはねぇハンターじゃないの。村の皆もそう言ってなかった?」
 ハンターじゃない?イザヨイはてっきり村の噂なんて知らずメルは勝手気ままに生きるだけのハンターとばかり思っていた。だからこそ自分の持つハンターのイメージ、もっと端的に言えば自分自身と余りにも違いすぎるメルに興味があったのである。
「ハンターじゃないって…それならどうして獣を狩るの?命を掛ける意味なんて無い事をどうして?」
 メルは無邪気にクスクスと笑いつづける。
「だから~メルはハンターじゃないからそんなのわかんない。この森の中でいろいろ理由付けるのはハンターだけだよ。」
 イザヨイは混乱を極めた。正直メルは村の皆が言っていたようにどこか壊れてしまっていると思った。だけど何かそれだけではない…そんな気もするのである。とにかく話をしてみようと思うイザヨイはさらに続けた。
「貴方だって獲物を狩って糧を得てる…どこがハンターじゃないの?」
「んも~うるさいなぁ。獣だって狩りをして生きて行く為の糧を得てるじゃん。んじゃランポスもドスランポスもみ~んなそのハンターだって言うの?」
 単純に言葉の意味からすれば狩る側の獣もハンターと呼べる。しかしイザヨイの言っている”ハンター”とは少しニュアンスが違う。それが分かっているからこそ自分はハンターではないとメルは言い張る。
「違う。ヒトと獣は違うよ。メル…ちゃん。違うからこそハンターに…。」
 イザヨイは怯える子供を落ち着かせるように極力優しい声を出したつもりだったがメルはその言葉を途中で遮る。
「ヒトがハンターである限り、獣には絶対に勝てないの!ヒトは弱いくせに、この森の中でも一番に弱いくせに!ハンターなんてそんな括りの中で言い訳しながら獣と戦ったって…いつか殺されちゃうだけ!」
 いきなり感情的になったメルは一気に捲くし立てる。
「やだ!メルは死にたくない…メルも獣になるの。何も考えずただ生き抜く為だけに戦って勝ってそして一方的に奪って…その為に爪や牙の変わりになるような強い、一番ツヨイブキが欲しいの!!!」
 ポロリと涙を一つ流したメルはグッとコブシを握ってイザヨイを睨み付ける。イザヨイは思う。ならばこの狩猟場から去ればいいのに。去ってしまえば少なくとも獣に殺されることは無いはず。しかし去れないのはメルがやはりハンターだから。言葉や考え、主義や主張が違っても…恐れ慄きながらも獣と戦い生きていく事を選ぶのはヒトがハンターになる為の一番の条件だからと信じているから。
 考え方も含めハンターとしては出来損ないの半人前以下。このままだといつか命を落とす事は間違いない。しかしイザヨイはメルの強さを感じずにはいられなかった。メルの怯えながらも威嚇する目…その視線はまさに野生の獣であったから。

もはん小話:狩猟の14 メルとイザヨイ~ココット村~

 幻想的とも言える森の中。小さな明かりによって長く伸びた幾本の影。揺らめきながらも激しく伸び縮みを繰り返す。
「あれがメル?メル=フェイン?」
 イザヨイは抜刀しながら慎重に近付く。ぼんやりと浮かび上がるメルの口元はうっすらと笑みを浮かべていた。一人、ランポスの群れの中に立ち東方より伝わりし鉄刀を力任せに振り回しながら。攻撃と言うにはあまりにも雑。振り下ろす刀が弾かれようがお構いなし。でたらめに地面を転がりながらブンブンと振り回すのみ。
 しかし運良く、ランポスにとっては運悪くだがその未熟な剣がランポスを捕らえた。その瞬間、貴重な鉱石により研磨された鋭い刃が未熟なメルに力を与えるとランポスは真っ二つになった。ハンター達の間で俗に言う優れた武器の性能に頼った戦い方であるがあれでは全てを屠る前に自らの体力が尽きてしまうであろう。今現在ランポス達はその勢いに押され攻撃を躊躇してはいる。しかしメルが疲労したと見ればすぐに反撃に転じるはず。そしてその時は近い。
 メルはかなりの怪我をしているようだ。イザヨイの慎重な足取りはゆっくりと加速を始める。さらに加速、最高スピードに達したイザヨイは一度深く体を沈めた状態からすばやく伸び上がると、痺れを切らしてメルに飛び掛るランポスを弾き飛ばす。勢いを残したまま下から上へと切り上げると今度は躰ごと右回りに大きく回転。鮮やかな三連撃でランポスを沈黙させた。
「誰?」
 メルは一言だけイザヨイに発する。しかしイザヨイは答えない。とにかく廻りのランポスを討伐してこの場を離れる事が先決だ。たぶんランポス達は既にドスランポスを呼んでいる。ドスランポス単体であればイザヨイの敵ではないかもしれない。しかし狡猾なドスランポスは配下のランポスによる波状攻撃を仕掛けてくるだろう。いくら弱い相手だとしても数で押されるのはあまり有利な状況とは言えない。今は少しでもランポスの数を減らしメルを連れて逃げる。そう思い答えを返すのは後回しにした。
 ふたたびメルは微笑を携え不運なランポスを両断していく。イザヨイの参戦により劣勢と見て逃げ出そうとするランポスに対しても後を追うそぶりを見せる。メルは逃げ切ったランポスが視界から消え去ると、今度は傷付き動けなくなったランポスに剣を突き立てる。噴き上げる鮮血の中に佇むこの少女はいつも独りでこうやって生きてきたのだろうか?イザヨイにはなぜかそれが”皆殺し”という残虐な行為というよりも、何かに怯えつづける幼子のように見えた。
「メル=フェイン?だよね。私はイザヨイ。とにかくココを離れましょ。」

もはん小話:狩猟の13 十六夜の夜~ココット村~

 幸いな事に月が出ている。満月は昨夜だったので真円の月ではないがそれに近く月明かりと言えども見通しは良好だ。ただそれは村のように開けた場所であるからということも忘れてはならない。朝日が出てからでも遅くは無いと言う村長であったがそれならば明日の朝、討伐依頼を出せばよい話である。村長の意図するところは理解出来た。とりあえず様子だけでも見てこようとイザヨイが準備を整える傍らサンクが愚痴をこぼす。
「だいたい村長も冷たいっス。HR13以上ってとこもそうだけど生死不問だなんていうっスから。」
「13でもちょっと厳しいかも、それに生死まで問うと無理しちゃうでしょ。生存【1】が【0】になっちゃうよ。ハンターなら自分の不始末をヒトに廻さない事も重要だしね。」
 今だ改造の終わらないインジェクションガンの代替品としてナルに借りた片手剣を装備し準備完了。ナルは昔を思い出したのかニヤニヤと笑いながらなかなかに無茶な武器を準備してくれたのだが…しかしコレで十分だった。臨戦体勢にスイッチするイザヨイ。運搬や採集もハンターの仕事と認めてはいるが何も考えずただ狩る事に集中する討伐はもっともハンターらしい。ここのところ見ず知らずのメルの事も含めて余計な事に頭を使いすぎたと感じているイザヨイは討伐が済むまではその事だけに頭を使うと決めた。
「だけど頑張れば【2】になる事もあるっス。うう、いちこさんまで冷たいっス。」
「イザヨ嬢。ヤッパゴ一緒スルベカ?」
 ツゥも討伐依頼を受けては居たがイザヨイとは別行動、明日の朝出発して現地にて合流する手筈になっていた。  
「とりあえず今夜は様子を見てくるだけ。何かあっても一人のほうが逃げやすいし。」
 それに…とイザヨイは満月から一日遅れの月を指差すとにゃは~ん。それにウィンクをひとつ。
「大丈夫。今宵は十六夜。…私の夜だよ。」

 ベースキャンプでは数人のハンターが夜明けを待っていた。夜明けと共に飛び出していく算段であろう。先行しようとするイザヨイを見ても何も言わない。経験を積むほどに他のハンターには干渉しなくなるものだ。自分の力量を正しく測り行動する事、他人に行動を左右されるようではまだまだ半人前なのである。
 サンクやツゥには見てくるだけと言い、実際ここに来るまではそう思っていた。しかし狩人の血とも言うべきか。この暗闇でもしも運良くメルを発見、そしてその状況が最悪の事態であった場合にはその場で障害は排除する気になっていた。なにげに自らのクロオビシリースを見るイザヨイ。無様に返り討ちにはあえないなと思いながらも装備するに見合うだけの力量はあると自負もあった。
 討伐依頼が出た後、ココットの森に入っていったハンターはメルを除く二人、イザヨイとさらに先行するブランカだけであった。
 注意深く森を行くイザヨイ。もしかしたら思いとどまってるかもしれないと旧ベースキャンプ跡地に向かうがフクロウの鳴き声が響くのみ。さらに進み通り抜けの森では茂みには近付かず真中を歩いた。発見される事よりも死角よりいきなり飛び出されるほうがとっさの対処が難しくなによりもそれが怖かったのである。案外このまま夜が明けてしまうかもと思ったその時、松明の光だろうか?ぼんやりと光るその場所で剣撃の火花が走った。

もはん小話:狩猟の12 討伐の資格~ココット村~

 その情報は夕刻近くにブランカからもたらされた。この村に来る途中の森で数匹のランポスが出没していたという。それだけならばさほど珍しいことでもなく村に被害が出るようならばハンター達によってすぐに討伐されることであろう。しかしランポス達は集団でアプトノスを狩るとその場で食事をせず、哀れな食材と化したアプトノスをどこかに運んでいったというのである。
「…そのような時には決まって彼らの王、ドスランポスが近くに居るわね。」
 ブランカはすぐに引き返すと言い、さらにこう付け加えた。
「そしてメルが追い掛けていったわ…たくさん怪我もしてると言うのにまったく困った人ね…。」

 夕闇も近付き沈み行く夕日に照らされるココット村。ココット村の夕日の赤さは獣達の流した血の色だとも言われる。そんな業深き朱に染まりながらイザヨイは先ほど到着したミナガルデからの荷車を物色していた。麻痺弾を作る為の【ゲネポスの麻痺爪】がないか行商人に声を掛ける。砂漠が近ければ自分で取りにいくのだがココット村からは少し距離があるしインジェクションガンの改造も終わってはいない。放つボウガンが無ければその弾のみあっても意味がないというのは分かるのだが…。なんとなく落ち着かないイザヨイを見つけるとサンクとツゥが走り寄ってきた。
「いちこさ~ん。」
「いちこさん?」
 イザヨイはオウム返しに聞き返した。サンクの言う「いちこさん」と言うのが自分の事だと気付くまでほんの数秒を要した。
「ああ、こんばんみ~。サンちゃんにツゥさんどしたの?」
「ドスが!ドスがでたッス!」
「ドス?ドスなに?」
 数多くの獣が居るこの世界。なぜか分らないがドスなんちゃらという名前が多い。なにか危険な獣が出たと言うのはサンクの慌てぶりで分ったがドスだけでは何が出たかわからないのである。
「ドスラン(BO)スっスよ!!」
「…いやたぶんそれドスラン(PO)スじゃない?」
 え?っと言うサンクと頷くツゥ。一瞬の空白がありサンクはドサリという音と共に両手を付いてうな垂れた。
「サンクタソ、ソンナこみかるむーどデモナカロウ?」
 いつも冷静なツゥに突っ込みを入れられ我に返るサンクは慌てて話を続ける。
「そだったッス。ドスランポスが出たッスよ。これは感だけどたぶんに前にめるめるを襲ったアイツッス。んで誰かハンターがこの闇の中討伐に向かっていったらしいっスよ。…村長は言わなかったけどどうもそれめるめるじゃないかって思うッス。」
 闇は獣達の支配する世界、これはどんなハンターでも常識中の常識である。一流のハンターであっても、いや一流であるからこそ間違いなく躊躇する闇の世界。進んでその世界に向かうものは闇さえも払う力を持つ超一流か三流以下それどころかハンターですらないものだけだ。
「…討伐依頼は出てるの?」
 イザヨイはサンクに問い掛ける。サンクは頷く。依頼主はココット村長。
「依頼内容と条件は?」
「討伐時間は無制限。成功報酬は1000z。達成条件、ドスランポス1頭とその支配下のランポス全てを討伐せよ。先行したハンターの生死は…不問。」
 ここでサンクは悔しげな表情を見せる。その理由は条件に満たない自らの不甲斐なさ。
「…特殊追加条件がひとつ。ハンターランク13以上のモノに限る。…以上っス。」

もはん小話:狩猟の11 白撃の射手~ココット村~

 アプトノスに牽かれガタゴトと揺れる荷車。ミナガルデからの定期便、行き先はココット村。荷台にはたくさんの商品と沼地の途中から便乗する二人のハンター。一人は保護油布で巻かれた鉄刀【神楽】をしっかりと胸に抱きじっと進行方向を見つめるメル。ギリギリと歯軋りをしている。そんなメルを眺めるもう一人はガンナーだろう。ランポスでも魚竜でもないそれ以上に鮮やかな蒼鱗の火避けが目を引く巨大なボウガンの手入れしている。
「まったく…困った人ね、貴方も貴方のお姉さんも。」
 たまたま愛用していたクイックキャストがナル製だと知ったのが2年前。それ以降、店のお得意様となったガンナーである。当然メルとも顔見知りで彼女が訪れる度に話す土産話もメルのハンターへの憧れを作った要因のひとつでもある。その名が示すように白い防武具をこよなく愛すガンナー、ブランカであった。
「あはは、助かったぁ。ブランカさん。…やっぱあのへんなのはちょっとだけ強いね。あはは。」
 メルは単身洞窟に住まう異形の竜に挑み、当然の事ながら返り討ちにあっていた。メルにとってちょっとどころの強さではなかったはずだ。鼓膜を引き裂くような咆哮にその意思とは裏腹に手足は竦んだ。醜悪な口から吐き出されるその強力な電撃弾に意識を失いメルは文字通り頭から丸呑みにされかかっていた。運が良かったとしかいいようがない。そこをたまたま通りかかったブランカが救ったのだった。
 ブランカが追い払った異形の竜、名はフルフルというがそんな名前すら知らないメルがボロボロのままでさらに追撃をすると言う。さすがに知った娘のそんな自殺行為を許す訳にはいかないという事でブランカはメルを無理矢理に連れてココット村行きの荷車に乗ったのだった。
「だいたい、メル?クックすら狩った事もない貴方がいきなりフルフルを狩ろうなんて無茶もいいとこね。無茶苦茶だわ。それにね、洞窟で大人しくして悪さしてる訳でもないでしょあの子。」
 ブランカはまるで子供に言い聞かせるように話す。別にメルを子供扱いしているわけではない。相手が誰であろうと万事この調子なのだ。
「だって~電気袋が欲しくって。聞くとアイツの臓器にそれがあるって…だから貰っちゃおって思ったの。クスクス。」
「貰っちゃお…って。ああ、それ【斬破刀】にでもするつもりだったのね。そんな簡単には無理よ。困った人ね…。」
 メルの【神楽】を指差しながらこの間メルに逢った時はいつだったかしら。ブランカは考える。考えれば考えるほど”こんなメル”には逢っていないような気がしていた。
「…ツヨイブキ…ホシイシ…。あ!そいえばナル姉も困ったちゃん?」
 一瞬無表情になるメルだったがブランカはそれに気付かなかった。笑顔に戻るメルはブランカの「貴方も貴方のお姉さんも」と言った言葉を聞いているのだろう。
「このボウガンね。サイト調整がピーキー過ぎて使えないのよ。あとね、リロードも丁寧にやらないとすぐにジャムるから。」
 ブランカは手元のボウガンを指差すと苦笑する。
「んん、ブランカさん試射してなかったっけ?」
「私はその…使えるんだけど私のじゃないのよ、コレ。…いや…その何て言うの?…今は私のになったちゃったんだけど。」
 元々は仲間のガンナーが作成したいと言う【老山龍砲・皇】を腕のいい職人が居るからとブランカが素材を持ち込みナルが作ったものである。ナルは持ち込まれた素材と持ち込んだハンターに合わせて少しだけカスタマイズする。そしてブランカの試射に合わせて作ると何故かピーキーかつデリケートな作りになっていたのであった。当然仲間のガンナーにとっては無駄な調整でしかなくこんなボウガンは使えないとつき返されたのであった。使えない訳ではない、むしろ使いこなせば強力なボウガンである。ただ使いこなすのにはそれ相応の腕が居る。ブランカのように。
「…ならいいじゃん。」
 メルはそう言いながら【生肉】を荷車で焼き始める。
「あら…そう、あら?…あら?いいのかしら?」
 ココット村まであと半日。ブランカはそのおいしそうな香りを嗅ぎながらも首を傾げるのであった。

もはん小話:狩猟の10 いのちの重さ~ココット村~

 やはり自分は貴族達には馴染めない。例え生まれが…だったとしても。それに火竜の卵なんて大味でマズいに違いないと思うし。何より見栄と欲望の吹き溜まりで「ワタクシ先日火竜の卵をいただきましたの。オホホ。」って言う為だけに…やがて生まれ来るはずの命を、時にはハンターの命まで引き換えにして得る価値をそこに見出すことなんて出来ないし、したくない。
 そう思いながらも私達ハンターはそんな貴族達の為にせっせと火竜の卵を運ぶ。明日の糧を得る為に。ハンターは自らの命も含めた様々な命と引き換えに報酬を得る。そして貴族達は様々な報酬、例えば時には大金と、時には貴重な素材とを引き換えにしてつまらない見栄や空虚な名声を得る。
 命の重さってどのくらい?ハンターである故の偽善とも思えるこんな気持ちを抱いて、そこに違いを探してみたってたいした違いなんてないのかもしれない。千差万別、お金持ち、貧しいヒト…そんな誰かの依頼と言う大義名分を作ってみても結局誰も彼も天秤に掛けた自分の命が一番重いだけ。もしこの卵が恨みの言葉を言えたとしたら運んだ私と頼んだ貴族、どちらにその言葉を投げかけるのだろうね。

「いや!ちがうんッス。めるめるは今でもちゃんとハンターなんッスよ。」
 サンクは大きな火竜の卵を両手に抱えながらちょこちょこと小走りしつつ丘を駆ける。そして隣を行くイザヨイに向かって突然に昨晩の話題を続ける。相反する二つの思いに葛藤を抱いていたイザヨイはサンクの声の大きさに驚き一瞬卵を落としそうになる。しかし一度立ち止まって深呼吸し体勢を立て直す。昨晩あの酒場で意気投合した…サンクに無理矢理投合させられた感じでは有ったがその三人で今日はどういった訳か火竜の卵を運搬している。もし暇にしてるならとサンクがどこからか受領してきたクエストらしかった。
「ん~自分の考えを言わせて貰うならね…だって依頼もなくただ獲物を狩るなんて。自分の意志だけで他の生き物の命を奪うなんてハンターじゃなく、ただの殺戮者って思えるんよ。まあ本人知ってる訳じゃないからほんとのとこはわかんないけど。」
 長くハンターを続けている今でも命を奪う事には抵抗がある。だからこそハンターは依頼と言う”言い訳”を準備して狩りに出るのだ。イザヨイはそう思っているからこそメルに興味を覚えてしまう。思う様に狩るだけの、それでもハンターであり続けているメルに。
「めるめるはその…その…すごく怖かったんだと思うッス。だから今はあ~だけどきっとまたそのうち元に戻るッスよ。」
「はんたート殺戮者ノチガイモサホド明確デハナイ罠。マァメルメルトヤラハ知ラナイガ、サンクタソヨ…期待ハモタナイホウガイイ。イチドきれルトコワイカラナ…ひとモ、けものモ。」
 もう一人の同行者、バルセイト・コアを背負う女はツゥと名乗った。とは言えそれが本名かどうかも定かではなかったが。かなりの実力者である事は巨大なハンマーを背負ってもふら付かない足元の確かさやその博識な言動より明らかであったがノラリクラリと正体を見せない。しかしなぜかサンクの事が気に入ったらしく今日の卵運搬にも進んで付いてきたのである。
「ドチラニシテモイソイダホウガヨイナ、親竜ガスグソコマデキテル。」
 ツゥは風に乗ってくるかすかな硫黄の臭い、巨大火竜の吐息を嗅ぎ分けていた。サンクはきょろきょろと辺りを見渡すと首を竦めて足を早めた。

「いつもすまんな、サンク。奥様もお喜びになるよ。ほら約束の【たまご券】。あんたと…そっちあんたにも。」
「助かったッス。いつもは一人で三往復なんスよ~。ありがと~っス。」
 結局一度も武器を振るう事も無く約束の卵3個を納品した三人はそれぞれに報酬を受け取っていた。サンクにはある目的があり報酬はたまご券が良いとクライアントに言っていたらしい。他の二人についても報酬は現金ではなく擬人化された卵が描かれたチケットで支払われた。
 単にサンクを手伝う気持ちだったので報酬には不満はない。むしろサンクの喜ぶさまがなによりの報酬である。ピラピラとそのたまご券を振り、イザヨイは自分の命だってこのチケット…そう、この紙切れ一枚くらいなんだよね、なんてぼんやり思いながらも浮かれて踊るサンクを見て、そしてツゥと顔を見合わせて笑った。

もはん小話:狩猟の9 皆殺しのメル~ココット村~

 メルは一人思案に暮れていた。今日も武器強化の為に鉱石を求め、垂直に切り立った崖の途中にある採石場、とはいってもほんの小規模なものではあるが、そこに向かう途中でアプトノスの群れを見つけその全てを狩ったまでは良かったのだが。逃げまどうアプトノスを鉄刀【神楽】で背後からでも躊躇無く一撃の元に切り伏せ、その柔らかな肉が高値で取引されるという理由だけで生まれたばかりの幼体までも容赦なく狩った。その為メルのバックパックは小さな竜骨や生肉で一杯になっていた。思案の種は採石場で当初の目的でもあったマカライト鉱石が予想以上に掘れてしまったからだった。この状態ではその全てを持ち帰ることは難しい。しばらく考えたがメルはバックパックから竜骨や生肉を全て崖下に投棄することにした。それが一方的に命を奪って得たモノであるにも関らず。
「あ~あ、高く売れるんだけどなぁ。…でも青い空に舞う赤い肉ってシュール。」
 落ちて行くアプトノス達の、その命の断片を見ながらもメルはクスクスと笑った。

 メルはあの事件の後より村では少し特別な存在になっていた。狩りに出掛ければそれが誰かの仇であると言わんばかりに必ず獲物を仕留めてくるという事もあったが真の理由はそれだけではなかった。酒場でその話題に触れると皆は口を揃えて”皆殺しのメル”と彼女を蔑んだ。
 当初は心無いモノが噂した「仲間を見捨てて一人で逃げた」事が”皆殺し”の通り名を付けた。もちろんそれは事実ではなかったが、しかしその噂が誤解と知れ渡った現在も彼女の通り名は変わることはなかった。同行した仲間を殺す訳ではなく目の前の獣、それが無抵抗であったとしても容赦無く全て狩る…自然と共存するハンターとしては禁忌とも呼ばれる無用な殺戮行為を繰り返し、その名のとおり”皆殺し”を行うからであった。
 インジェクションガンの改造の間ココット村に滞在する事を決めていたイザヨイはナルの妹でもあるそのメルに興味を持った。その生き方があまりにもハンターらしくないメルがなぜハンターを続けているのか、ただ単純に好奇心が芽生えたから。ナルに聞けば近頃は家に居ても部屋から出る事はなくナルにもめったに顔を見せないらしい。まあその原因は実力に不釣合いな大剣を店より持ち出そうとしてナルに咎められたからだというが。

 本当に何もない村である。数日は足しげくナルの店に通いボウガンの試射を行う傍らメルの帰宅を待っては見たものの一向にその気配はない。結局暇を持て余し村をブラつく事にしたイザヨイは少し早めの夕食を取ろうと小さな酒場に入ることにした。そこではハンター気取りの若者達が丁度メルの話題で盛り上がっていた。万能パインとレアオニオンのサラダ、ジャングルリブの猛牛バター炒め。それにパニーズ酒をグラスでオーダーしテーブルに腰掛けるイザヨイ。あえて聞き耳を立てずともその話は耳に入った。
「傷付いても武器を振るうのを止めないってさ。薬草あるだけ使いきっても一歩も引かないらしいしな。あんな戦い方してればいつか自分自身も含めた”皆殺し”さ。」
「仲間を見殺しってのもあながち嘘じゃないかもな。あの女の前に立ってて思いっきし”切り上げ”られて吹っ飛ばされた奴もいるらしい。」
「一匹のランポスから相当な数の素材を取るって話だぜ。そりゃ後にはな~んにも残んないわな。くけけ。あんな女と間違いでも犯せばケツの毛まで毟られちまわぁ。」
 乱戦の中、大剣使いが仲間を切り上げるってのは良くある話だとはしても男たちの”らしい”口調からそれらはどうにも噂の域は出てないらしく少し誇張もあるのかなとイザヨイは思った。良くある話であったがヒトは区別をしたがる生き物なのである。ヒトと違う生き方をするだけでそれがいけない事のように囃子立てるヒトのなんと多いことか。メルの噂話をなにげに聞いていたイザヨイはいつのまにかまた自らの過去の出来事を思い出している自分に気付き苦笑した。

「何を笑ってやがる?よそ者が聞き耳を立ててんじゃねぇ。」
 単に苦笑いをしていただけのイザヨイ、ましてや独り言ならぬ独り笑いだったのだが酔っ払った若者がそれを見るやいなやイザヨイに絡む。ナルが言ってた「血の気の多い奴ばっかり」という言葉を思い出しあながち冗談ではなかったのかとイザヨイはつい笑みを漏らしてしまった。その可憐な少女の笑みを不幸な事に挑発としか取れなかった若者はいきり立つとその口調とは裏腹によれよれとした足取りでイザヨイに殴りかかろうとした。しかしそのコブシはイザヨイに到達する事はなく突然横合いから飛び出してきたほぼ全裸の少女に吹っ飛ばされると柱に頭をぶつけて気絶した。
「にぃちゃん足腰弱いッスね。ヒトの悪口言ってる間に修行するッスよ。」
 飛び出してきた少女サンクは独特の訛り口調で他の若者達を挑発する。噂話を聞いていたのはイザヨイだけではなくサンクも同様で友人を悪く言う若者にいつ殴りかかってやろうかと機会を伺っていたのだった。
「馬鹿サンク!てめぇ今日はクリオ…さん…は居ないぜ!今日こそ返り討ちにしてやる!」
「おおぅやるッスか?普通のガチなら一人でも負けないッスよ。」
 たぶん何度もこのような衝突があったのだろう。やれやれといった雰囲気のイザヨイも必要かどうかは別としても助けてくれたサンクに対して知らぬ顔は出来ない。ゆっくりと立ち上がるとステップを踏み始める。一触即発の酒場の緊張感は極限にまで達していた。
「マァ熱クナルナ、若者。ソノ裸娘ハトモカク…ソッチノ【訓練所】アガリトヤッテモ勝目ハ…マァナイナ。」
 大きなハンマーを背負った異国のハンマー使い、カタコト交じりの言葉で本人はムロフシと呼べと言うだろうが。その女が間に割って入った。数日前よりココット村に滞在する流れのハンターで何でも伝説の一角獣モノブロスを探していると言う。彼女だけはイザヨイの着るクロオビシリーズの意味。入ることは誰でも出来るが無事に出ることが出来るのはごく一部。どんな武具もアイテムも使いこなすことが出来る超一流のハンターのみだけと言われる訓練所の、その卒業の証という事を知っているようであった。
 クロオビシリーズについて知らなくとも訓練所の存在はハンターならば知らないはずはない。信じられないと言った表情であったがこの状況にあっても静かに微笑みを絶やさない少女の余裕に納得するほかになかった。「この馬鹿サンク!次はギトギトにノしてやるからな!」とベタな捨て台詞を残して若者達は酒場を出て行った。

もはん小話:狩猟の8 蟲銃の少女~ココット村~

 初夏の日差しが心地よい季節。繁殖期を終えたアプトノスなど、食用獣の全面狩猟解禁も近い。辺境の小さな村にも様々な素材を求める行商人達が顔を出し始めると本格的な狩りの季節である。
 そんな季節を迎えるココット村の外れにある一軒の木造家屋。元々は親を無くした幼い姉妹が住んでいた住居であったが、数年前に自立していた姉の帰村とともにその一部を改装し小さいながらも武器屋を営んでいた。
 いくらハンター達が多く住まうココット村にあるとはいえさすがにこの辺境の地では繁盛しているとはお世辞でもいえない経営状態である。しかし若き店主ナル=フェインが一人で受注から製造までを請け負うその仕事振りに依頼は絶えず、そして少数ながら遠方よりの受注も入ると言う。特にボウガンの強化、調整に置いて精度が高く一部のハンター達はわざわざこの店を訪れては依頼をしていくらしい。今日もそんなモノ好きな少女がその店を訪れていた。
「良い村ですね。皆に活気があって、なによりもハンターが多い。やぱしあの”ココットの英雄”の村でもあるから…かな?」
 訪れた少女は麗しき深窓の令嬢といったところか。見た目が…という訳ではない。実際その少女はクロオビシリーズと呼ばれる辺境では、いや辺境で無くてもちょっとお目にかかる事が出来ない珍しい鎧を全身に纏い、一目でハンターである事が見て取れるのだから。
 しかし何故かその柔らかな物腰がどこかそうイメージさせるのである。店主はこの少女と昔からの顔馴染みでもありそんな事を言えばきっと吹き出してしまうであろう。
「ハンターが多いのは他にやる仕事がないからさね。それにハンターとは名ばかり、たんに血の気の多い奴ばっかりさ。」
 店主のナルは少女が持ち込んだインジェクションガン。巨大昆虫の甲殻や稀に採取出来ると言うドラグライト鉱石をふんだんに使ったヘヴィボウガンを眺めながらそう答えた。
「需要があるから供給も…ですよ、首都なんかに居ると野生の飛竜はおろかハンターにもなかなか出会うことはないですよ。ここにはまだまだ私達のようなものを必要とする仕事ありそうだし。」
 「そうかい。」とナルは相槌を打つと少女のボウガンを二つ折りにして作業台の上に置く。そしてエプロンのポケットからファンゴの皮を薄く叩いて延ばした豚皮紙の伝票を取り出すとランゴスタの羽ペンを走らせ見積もりを取る。
「…んでコイツは限界値レベル5への改造でいいんだね?」
 少女が首をこくんと傾けるのを確認するとナルは豚皮紙の見積もりをぽんとカウンターに置いた。どれどれと覗き込む少女にナルが質問をする。
「んじゃしばらく預からしてもらうさね。…時にイザヨイ。このボウガンが作られた経緯を知ってるのかい?」
 イザヨイと呼ばれた少女は少し間を置いて「もちろん。」と頷く。
「滅龍弾運用実験の為の試作ボウガン。今回のはその為の強化でもあります。まあ私的には麻痺弾の使い勝手が良いってのが一番の選択理由なんですけど。」
 ナルは怪訝な表情をしながらもう一つだけ質問をする。
「ふん…。ということはまたアレが近付いてる…さね?」
「ええ、その通りです。私の住むミナガルデに…。」
 イザヨイは神妙な表情をしながら言葉を詰まらせる、そしてかすかに震えながら口を開いた。
「ところで、教か…いやナルさん…これ…。」
 イザヨイが震えながら指差す先を見るナル。そこには先ほどナル自身が見積もり金額を記入した豚皮紙があった。
「これ…もう少しまかりませんか?」
 ナルはフンと不敵に鼻を鳴らすと「惜しいさね、明日だったら半額の日だったんだけどねぇ。」と笑った。

もはん小話:狩猟の7 哀しみの変質~ココット村~

 結局クリオはサンクと別れ単身ジャングルへと向かった。ドスランポスがココットの森に現れた事は問題であるし、しかも手負いの上に人の味を覚えてる。早急な討伐が必要になってくるはずだ。とにかく村長に知らせたほうがいいだろう。しかし先立って請けている依頼を反故にする事はしたくない、なによりジャングルにも困っているクライアントがいる事には変わりないのだ。自分とサンク、どちらがジャングルに向かい、そして残ったほうが村に戻る。現状では村に戻る事も危険がないとは言えないがジャングルでの討伐がそれ以上に危険な事は火を見るより明らかだ。共に戻る事も選択肢の一つではあったがそれはサンクをハンターとして認めていない事になる。クリオはそう判断しサンクとメルの二人で村へ戻るよう指示したのであった。

「めるめる、ほんとにダイジョブッスか?」
 まるでハンターとしての距離を比喩しているように遠くにあるクリオの背を見送りながらサンクはメルに声を掛けた。流石にこの惨状である。参っていないはずがない。幼い頃より優しく、でも少し気弱な友人が本当に心配であった。
「ん?…大丈夫だよ。大きな怪我なんてしてないし。」
 サンクの心配を他所にメルは無邪気でまるで何事も無かったかのようにクスクスと笑った。たしかに以前より見知った笑顔である。そしてたしかにその笑顔は屈託が無くとても平気そうに見える。だけど…強がりにしろめるめるはこんな場所で笑えたッスか。サンクは妙な違和感を感じずにはいられなかった。
 哀れなハンターを丁重に弔った後、装備を纏めて村へと向かうサンクとメル。ふと振り向いたサンクは血に塗れたボーンククリが置き去りにされている事に気付く。確かあれはメルのものであるはず。ハンターになった時に実の姉の店から購入し大切にそして嬉しそうに磨き上げていたシーンを何度も見ている。メルはやはり混乱しているに違いない。
「めるめる、忘れ物してるッスよ。」
 サンクはボーンククリを拾いに戻ろうと踏み出した。しかしメルは無表情で冷たく言い放った。
「…あんな弱い武器要らないよ。」
 その瞬間のメルの目を見たサンクの違和感は実感となり背筋が凍りついた。ハンターとしてそれ以前にヒトとしてもまだ未成熟なサンクにはどうすることも出来なかった。全幅の信頼を寄せ尊敬しているクリオがここに居てくれたなら今のこの状況をどう打開するだろうか。ドスランポスとの遭遇によりどこか変わってしまったメルに対して。 

 無言の帰路を経て数時間後、村に戻った二人はドスランポスの事を村長に報告し今後の対応を待った。すぐに討伐依頼書が作成され腕に自信のあるハンター達が討伐に向かう事になった。しかしサンクやメルのような駆け出しハンターは村を守るとの名目でしばらく村から離れる事が許されなかった。しかしながら結局あのドスランポスは人前に姿を見せることはなかった。村人達がドスランポスの脅威を忘れるのに半月、そしてさらに半年が過ぎた。